青酸カリのメッセージ 3

 有毒ガスにさらされた翌日は始業前には保健の先生や白川先生や担任の先生に呼び出されて何度も何度も健康観察をされ、休み時間ともなれば心配してくれた友人と興味本位の野次馬が怒涛のように押し寄せてきた。授業がこんなにも楽だと思ったことはない。放課後は化学部で集まりがあるから、と撒くことができたが、どっと押し寄せてきた疲れのせいで、倫太郎や先輩たちに起こされるまで化学講義室の机に突っ伏していた。

「……水野はあの通りピンピンして学校に来ている。が、事故は事故だ。この件があり、今日から2週間は部活動停止、さらには化学実験室への立ち入りが禁止になりました」

 白川先生は淡々と伝える。

「井生はどうなんですか?」

 圭希先輩が手を挙げる。

「早ければ明後日から来られるそうです」

 安堵の声が上がる。あんなに苦しがっていたのを見たけれど、重症化していなくてよかった。

「あの、井生先輩や水野は、一体何を吸い込んだんですか?」

 小木曽先輩が質問する。白川先生は沈黙した。

「頭痛、吐き気、呼吸困難、顔面紅潮。さらに匂いもほとんど感じなかった。ここから考えると、原因はシアン化水素か?」

 言い終えると、倫太郎がこちらを見る。

「青酸中毒、と診断されました」

 どよめきが起こる。「医者の言葉だとそうなるな」と倫太郎は言った。

「シアン化水素、つまり青酸ガスを吸ったってことだよね。建材に含まれていたために住宅火災で発生したケースは聞いたことがある。でも昨日は火事なんか起きてない。しかも何で実験室で発生した?」

 炭谷先輩が身を乗り出す。

「アクリルかな。服とか」

 二渡先輩がぼそりとつぶやく。

「何かが燃えてっていうのは考えにくい。煙が発生しているところはなかったし、先生を呼びに行くまでに私たちは火を使っていない」

 圭希先輩が言う。

「私もそう思います。ガスバーナーを使う用意がされていたので、ガスバーナーのねじや元栓を閉めたんです。その時に熱を持っていなかったのは確認しましたから。

 あ、でもちょっと甘い匂いがしていて」

「青酸ガス、シアン化水素ってそんなにおいなんですか?」

 小木曽先輩が疑問をぶつける。

「俺はしなかった」

「私も特に」

 倫太郎も圭希先輩もそろって言う。

「シアン化水素のにおい、つまりアーモンド臭は甘いにおいがすると言われている。だが、遺伝的に2割から4割くらいの人が感じないそうです。さらに、窓を開けておいたために拡散した。助けに行った2人は無事で何より」

 そこまで言うと白川先生は「2週間後まで解散」と告げた。10分後には講義室を追い出された。私たちは帰るしかなかった。

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