第5話 塾の先生。
ここ原田市は、少子高齢化とはいえ、開発中の新興住宅地や学生アパートなどもあり比較的若い層も多い。ファッションのテナントや飲食店も数多くあり街は多くの学生やカップルでにぎわう。
原田川沿いにある雑居ビルの一階で『鬱憤館』の店主・北川洋太郎は、今日も定刻の深夜12時にシャッターをボロロロロとあげて開店の準備をする。準備とはいっても明かりを点けて、ドリンクのグラスと氷を準備してカウンターをひと拭きすれば終わりである。
洋太郎3席ほどのカウンターに真っ赤なバラを1本ざしで飾ると、ビートルズのホワイトアルバムをかけた。
*
「もういい。じゃあ、次、西の台校」ブロック統括長の大島は桜井(さくらい)仁(ひと)志(し)に目を向ける。
「はい、西の台校は、昨日時点で、配布した報告書の通り、体験生15名です。」桜井は言った。
「友人紹介で電話を聞き出したのは4名です。昨日電話をしました。」桜井は続けた。
「そんで?」大島は報告書に数字をメモしながら訊いた。
「確約は2名、あとの2名はもうワンプッシュです。ご両親が渋っております。」桜井は夏期講習の募集状況を報告しているのである。
「あと2週間。目標の30までどうすんの、具体的に言って」大島は早口だ。
「はい、朝のパンフ&ティッシュ配りをM中の前で行います。そして帰りの時刻にM小の前で行います。授業内で各教室に私が入り、友人紹介制度をアピールします」
「あのさー、そう言って桜井のところはいつも体験で終わっているの。昨年も25名体験して入塾は10名だぜ、あり得ないんだよ」大島は頭をかきながら昨年のデータしか見ていない。
「ははあ。今年はしっかり電話攻勢で保護者を取りこむつもりです。」桜井は言った。
「みんなやってんだよ、そんなこと。要は電話の内容だよ、君の課題は。」
「ははあ」
「どうすればいい?」大島はまだ桜井を見ない。
「危機感を持たせる。結果を出す。信用を得る。以上です。」桜井はお題目を言った。
「そうだよ、君の電話にはその情熱が伝わっていないんだよ。わかるか?」
「はい。」桜井はいいざるを得ない。
「もっと情熱をこめて、勧誘をやりま・・・?」大島は「やりま」で止める。
「す。」桜井が言葉をつなげる
地域ブロック会議はこのようにして進む。
*
桜井は大学を出て天麟ゼミナールに入社して4年だ。履歴書には、いい授業がしたい、子供たちと一緒に成長したい、と志望理由に書いた。モットーは『情熱を持ってあきらめない』であった。大学生の時からアルバイトで塾講師を始めたら、そのやりがいと楽しさに夢中になった。生徒の成績は上がったし、人気もあった。このまま塾講師でやっていきたい、そう思うようになって入社した。配属は小・中学生対象の西の台校になった。
いざ入社すると理想はガタガタと崩れ去った。授業は二の次なのである。社員に課される業務は、いかに生徒を増やすかに絞られた。生徒が増えれば実績も増えるという考えである。西の台校には桜井が室長で文系を担当し、石田という1年目の社員が理系を担当する。それでも足りないので3人の大学生をアルバイトで雇っていた。
「こんにちは・授業を始めましょう」桜井は教室に入る。中1生のクラスだ。
「ちょっとその前に、大事な連絡だよ」桜井は声を張り上げる。
「みんな中学生になって勉強はどう?」
「びみょー」「余裕―」「社会嫌い」生徒たちはがやがやし始める。
「実はね、2学期になるととんでもなく難しくなるんだ」桜井は言う。
「うそだぜ」「始まった」「宣伝!宣伝!」生徒ももうわかっている。
「いや、嘘じゃない。英語なんか3単元のSっていう動詞の形が変わるんだ」
「先生!友達紹介でしょ?」ある生徒が言う。
「そうなんだ。この夏休み、夏期講習で2学期の成績が決まるんだ。10月とか秋になって焦っても夏期講習に参加してない人はチンプンカンプンってわけさ。」桜井は続ける。
「そこで、君たちにぜひ夏期講習に参加しないか?ってお友達に誘ってほしいわけ」
「お金くれんの?」「おれ自転車ほしい」「カネで釣っている」生徒が騒ぐ。
「クオカード1万円だよ。ただし必ず入塾してくれるように君たちが説得してほしいわけ」
「やるやる」「100人なら100万円?」
「じゃあ1人ずつ、誰を誘うか、何人誘えるか、友達の名前を聞いていくから」桜井は反吐が出そうな気分だった。生徒の言うとおりこんなことやりたくないのは山々だ。
「じゃ、今度の授業までにこのチラシを渡しといてね、先生が1人1人どうだったか訊いて行くよ」
「先生!通知表がオール4以上だと月謝が半額になるってホント?」生徒が訊く。
「ああ、そうだよ。だから君たちにも頑張ってほしいし、そんな友達がいたら是非天麟ゼミを勧めてほしいな。」桜井はマニュアル通りに話を進める。
「それだけじゃないよ、夏期講習頑張って模試に名前が載れば豪華な景品がもらえちゃうぞ。」
「知ってるー。お兄ちゃんDS貰っていた」「あたしも自転車ほしいー」
桜井は入社したての頃は子供たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。成績も模試の結果もカネやモノで釣っているわけだ。そんなやり方を子供たちに現実として教え込むことに自責の念がこみ上げた。会社を何度やめようと思ったことか。しかし転職のリスクや場合によっては無職になることを考えると怖くて仕方なかった。利益追求がなければ給料だって出ないのである。大好きな子供たちと一緒に仕事ができるなら仕方ない、そう思うようにした。
だから今ではもう慣れてしまった。それで生徒がやる気になるならそういうやり方もあるのだと。
3年目には桜井は室長になった。とはいえ業界ではあまりうれしいことではない。要は管理職となり、自発的労働の名のもとに労働基準法は無視された。完全なブラック企業だ。仕事も授業以外に、バイト教師の手配やシフト表、報告書、営業電話などと格段とやることが増えた。朝はティッシュ配りやポスティング、昼は事務手続きの管理、夜は授業、そして終わってからは営業電話やその報告などやることは山積みだ。帰宅は終電が当たり前になっていた。
*
「もう少し内申(通知表の評価)がいいと選択肢が広がるのですが。」桜井は困ったような言い方で雄介の母親に言った。中3の進路面談である。
「これでもウチの子は頑張った、って言い張るんですよ、でも成績が上がらない、もうスネちゃって・・・」雄介の母は言った。
「雄介君のようなヤンチャなタイプはテストでいい点を取ってもなかなか通知表が上がらないことがあるんです。昔と違い、今は観点別評価といって授業態度、宿題や提出物そしてその内容も評価の対象になりまして・・・」桜井は続けた。
「なかなかテストの点だけが良くても、評価が上がらないことがあるんです。」
「先生何とかなりませんか」
「公立のトップはなかなか・・・厳しいです、私立難関校ならどうでしょう?」桜井は言った。
ここ東京都は、ほかの道府県と違って、私立の学校が、たくさんある。通常、公立志望の場合、公立高校を第1志望として、万が一失敗した時のための併願(所謂すべり止め)の私立高校を確保する2校受験が一般的だ。しかし東京都は、それに加えて難関私立高校や難関私立大学付属高校にチャレンジする3校受験も珍しくない。よって教育熱も高く教育費にお金をかける家庭も多い。
「うちの子センスありますか?」雄介の母は言った。
「まだ4月です、雄介君の頑張り次第ではまだまだ伸びしろがありますよ」桜井が言う。
「うちの子が入ってもいいんですか?」
「まあ特別ですよ、お母さん、雄介君の頑張り次第です。」桜井は言った。
「公立はだめですか?」
「ランクはかなり下がりますね、有名大学への進学はまず難しいでしょう。とくに雄介君は実技(音・美・技家・保体)が厳しい。都立高校は実技が2倍にして重視されます。そういった意味でも私立はおススメです。実技を見ない高校や入試得点だけの勝負という高校もありますからね。」
「先生、実技も何とか・・・」
「いやあ、さすがに我々も実技まではできません。なにしろ4中学、3学年の生徒が集まっていますから」桜井はかぶりを振った。
「まあ実技に関しては過去の定期テストの過去問は配って対策はしますが、フルサポートコースをとっていただくことになります」桜井は次々にオプションを提案していく。私立難関コースでプラス3万円、フルサポートコースでプラス5万円だ。すべて受講すればお月謝は月8万円になる。
「わかりました、主人と子供で相談して決めますので、どうか先生、よろしくお願いします。」雄介の母は深々と頭を下げた。
*
それでも桜井は初心は忘れていなかった。授業準備は家でやった。次の日の授業の構成、それに対応したクラス別のプリント作り、黒板に張るカードやカラー写真、などすべて自分が納得した教材を使いたかった。
定期テストの前は地獄のような忙しさだ。各中学の先生の問題傾向に合わせ、生徒から借りたノートそしてワーク問題集を参考にプリントを作っていく。中学によって範囲は違うし生徒のレベルも違うう。桜井は英語と社会を担当しているので4中学×3学年で12クラス分のテスト対策授業×プリント数が必要になる。だから時間がなければ徹夜は当たり前だ。ちょっとでも手を抜けば保護者からクレームの電話が入る。厳しい生徒には補講も行う。土日も休日返上でテスト対策授業をもう1人の社員、石田とともにおこなうので目が回るほどの忙しさだった。それでも、
「塾の対策通りの問題が出た!」
「先生の予想ばっちりあったって余裕でできたよ!」
なんて言われると疲れは吹き飛んでこの仕事のやりがいを実感できた。
*
11月になると中学3年生は進路の決定で俄然忙しくなる。室長会議では・・・
「はい、桜井、西の台の報告。」ブロック統括長の大島が淡々と言った。
「ははあ。中3生は45名。うち都立志望30名、都立トップ校志望者は12名であります。私立難関は20名のチャレンジを目標に面談を進めてまいります。」
「最低1人3校受験な。合格者が増えるほど実績はよく見えるもんだ。失敗してもいい。とにかく数で受けさせろ。」大島は冷たい声で言った。
塾にとっては合格実績は大きな広告になる。1人の秀才君にはたくさんの難関校を受けてもらい合格実績を増やすのだ。受験料は私立の場合2~3万円なので受験料もばかにならない。
「はい、20名全員、難関コースとフルサポートコースを履修していただきました。」
「そうか。難関コースとフルサポで8万円。公立志望なら『ハチ公』と呼ぼう。ハチ公をたくさん作ることが天麟ゼミの生命線だ。頼むぞ。」桜井は耳を疑った。たとえ生徒でも
ハチ公はないだろう?所詮、統括長は子供たちをお金の山としか見ていない。天麟ゼミの生徒は塾の名誉のため多くの難関校を受けさせられる。まったくばかげた話だ。生徒ご家庭の判断で行きたい高校に行けるよう全力で応援する、それだけでいいじゃないか?と桜井は思う。が、口が裂けてもそんなことは言えない。
「再来週の進学ガイダンス、パワーポイントの進捗状況はどうだ?」大島は桜井に聞いた。
進学ガイダンスは、地域のホール施設や区民会館などを借りきって入試の仕組みやスケジュール、高校別目標点数などを公開する一大イベントだ。保護者と生徒がこぞって参加するのですぐに席は埋まる。
桜井はそのガイダンスで大画面に映し出されるパワーポイントを作成する担当だった。もちろんタダ働きだ。各高校の偏差値や内申、私立の高校の志願条件などすべて頭に入っていなくてはならない。ここまで桜井にやらせておいて、本番でしゃべるのは大島だ。
「リハーサルは13日だ。桜井、13日昼に本部まで来てくれ。くれぐれもハチ公推しと3校以上の受験に誘導できるような内容でな。」大島には念を押された。
「承知しました。」
「あと、桜井、あとで僕のところに来なさい」大島は言った。
*
「あ・の・さー。夏期講習。お前目標なんて言った?」大島は低い声で言う。
「新規塾生30であります。」
「結果は?」
「5であります。」
「ありえないよ。42校中ブービーだよ。」
「申し訳ありません。」桜井は頭を下げた。
「ボーナスはないから期待しないで。」そう言うと大島は背中を見せて片手をあげて去っていった。
「代わりはいくらでもいるんだよ。」大島は捨て台詞をはいた。
*
桜井は、入試ガイダンスのパワーポイントを作成していつものように終電に乗り込んだ。
(ハチ公・・・ブービー・・・ボーナスなし・・・代わりはいくらでもいる・・・)
桜井は酒が飲みたくなった。原田の駅を降りて、よく行く居酒屋チェーン店に入った。
ビールがいつにも増して苦みを感じる。店には懐メロで大事マンブラザーズが流れている。
何杯飲んだことだろう? 外の空気が吸いたくなった。店を出て中央通りを歩く。
「!」桜井は目を凝らした。「部長・・・」
ブロック統括部長の大島が若い女の子と手をつないでじゃれあって歩いている。
「!」桜井は女の子を見てびっくりした。アルバイトの大学生講師の絵里香だ。
桜井は気付かれないように後ろに回り尾行した。
「えー箱根―?」絵里香が言う。
「いい宿知ってんだよ、な、今度の休み、いいだろー?」いつもの声色とまるで違う。
「どーしよーかなー」2人とも酔っ払って会話がまる聞こえだ。
「クリスマスぐらいいいだろー」大島が食い下がる。
「もうー部長、奥さんにばれますよー?」
2人は駅の南側に渡っていく。
「箱根はいいぞー、絵里香もきっと感動するから。」大島はしつこい。
「じゃ、イブの日は彼氏と過ごしてもいい?」絵里香が言った。
「もちろん」
(修羅場だ・・・)桜井は尾行する。
2人はホテル街へまっしぐらだ。桜井、携帯のカメラの準備。
*
写メはバッチリだ。なんてゲスな世の中・・・桜井は原田川沿いに駅を引き返した。
撮れた画像は20枚以上。歩きながら1つ1つスワイプして見ているうち、ドタッ、桜井は店か何かの看板の支柱に足を取られて転倒した。(やっぱりまずかったかな。こんな写真撮って罰があたったのかも)桜井は倒れたまま天を仰いだ。
ふと、目を凝らして看板を見上げると
『鬱憤館』
ほの白く、薄汚れた看板はプラスチックでできていて、ひびが入っている。
「何だこりゃ?」桜井はようやくやっと起き上がって改めて看板の店を見た。木製のドアが1枚あるほかは、窓もなくコンクリートで塗られているだけだった。
(ったく、邪魔だし、あやしいな)そう思った。
しかし同時にこの店が何屋か知りたくなった。一見すると会員制のバーか?いやそれほど高級感はない。スナックか?いやそれにしては目立たない。宗教施設か?こんな時間にやっているわけがない。桜井は無性に中が知りたくなった。
重たそうな真鍮製のノブを引いてみる。
カランッコロンッ、小さなカウベルがノスタルジックな音を立てた。
「いらっしゃい。」初老の男性の声が奥から聞こえる。
桜井はまた眼を凝らし店の中を見回した。心地よくピンクフロイドの曲が流れていた。
幅3メートル、奥行きは10メートルほどだろうか、薄暗い店内の天井からは電球をちりばめたようなシャンデリアが垂れ下がっている。
カウンターは3席。しかも誰もいない。赤いレザーでできたスツールが3つカウンターの前に並んでいる。カウンターの中には背が高くすらりとした老人がバーテンダーの格好で立っている。豊かな白髪は七三分けになっていてカーネルおじさんのような黒縁メガネで微笑んでいる。
「あ、あの・・・」桜井は何と言っていいかわからなかった。
「初めてでいらっしゃいますね。」北川はゆっくりと落ち着いた声で言った。
「はい、偶然通りかかったもので・・・」桜井は頭をかいた。
「怪しい、と思いましたか?」北川はにこやかに言った。
「ええ、まあ。ここは飲み屋さんですか?」
「うっぷんかん、と申します。私は店主・北川です。どうぞお見知りおきを」
「桜井ともうします。ここはスナックか、バーみたいな?」桜井は訊いた。
「まあ、まあ、桜井様、まずはおかけになってメニューをどうぞ」
桜井はスツールに腰掛けた。
北川はフレンチの料理屋にあるような黒いメニューを桜井の前に広げた。
●シェフ北川の気まぐれ鬱憤プラン(1万円~時価)
●有機で育てた北川さん家(ち)の鬱憤プラン(2万円~時価)
●アニバーサリー・鬱憤とのマリアージュ(50万~)
「はあ? よくわからないんですが鬱憤がたまっている人がカラオケでもするんですか?」
桜井はまだよく呑み込めていない口調で言った。
「いえいえ。ところでお飲み物はいかがですか、無料サービスです」北川は棚の酒類を指差した。
「無料? では何でもいいです、ビールを」
「わかりました。コロナでよろしいかな?」ライムが刺さった瓶のコロナが桜井の前に差し出される。
「お見かけしたところ人生の不条理に振りまわされているようですな。是非わたくし北川がお役に立てたら幸いです。」
「なんでぼくの人生なんてわかるんですか?」
「わかるからあなたはここにいる。天を仰いだわけですから。」
桜井は怖くなった。ついにアルコールで脳がやられたと思った。
「さ、今の桜井様の鬱憤をお話しくださいませ。」
「いくらですか?」
「いやいや、お話を聞くだけではお金は頂けません。」
「え?」
「お話を聞いて、鬱憤を晴らすプランをご提案差し上げています」
「はあ」
「この際申し上げますと、桜井様、理不尽な会社は辞めるべきです」
「なんで知ってるんですか!?」
「まあ長年やっていますから」
桜井は観念してすべての現状を話しつくした。
*
北川は「ええ」「おや」「そうですか」を繰り返し、熱心に、そして穏やかに聞いているだけだった。ひと通り桜井が話し終えると、
「桜井様、今まで本当にご苦労されましたね」と言って2本目のコロナを差し出した。
「桜井様はまだお若い。有機で育てた北川の鬱憤プランでよろしいかと思いますよ、まだお若いから2万円でご奉仕させていただきますよ。」北川は言った。
「え? 本当に話を聞いてもらうだけじゃないんですか?」桜井は訊いた。
「とんでもございません、サービスはこれからでございます。」
「いったい何をしてくれるんですか?」
「では、今から私がご提案させていただきます。」北川はやっと自分から語り始めた。
*
天麟ゼミ城西地区高校ガイダンスは、第1部から大盛況で300人くらいの親子が集まっていた。壇上では幕の内側でスタッフによって開演ぎりぎりまで詰めの作業が行われた。
「この『向ヶ丘学園』の文字、黄色のほうがよくねえか?」大島が桜井のパワーポイントの画面にケチをつける。
「はい、じゃあ白で直します。」桜井は緊張で胸が張り裂けそうだ。
舞台袖には係員としてガードマンの制服を身にまとった北川が待機している。
「オーケー」大島は手でジェスチャーをした。
「あのう、天麟ゼミさま。」北川が大島に声をかける。
「照明のことでちょっとご相談がございまして・・・」北川が大島を舞台袖に呼び出す。
「ったく忙しいんだよな」と言いながら大島は舞台袖の北川のほうへ向かう。
(今が、チャンス!)桜井は大島のノート型パソコンにメモリーを挿してアイコンを追加した。
「天麟ゼミナ―ル主催 高校ガイダンス」
表題がホールの壁に大画面で映し出された。
開演時間。観客席がどんどんと親子で埋まっていく。」
「ビー」開始の合図だ。
「それではみなさん!お時間になりましたので第23回天麟ゼミナール高校ガイダンスを始めさせていただきます。司会はわたくし城西地区担当の大島です。どうぞよろしくお願いします」パチパチパチ、拍手。
「えーまずは東京都立高校の入試システムからおさらいをかねてご説明します」と大島はリモコンで画面を切り替える。
「みんなで行こう!箱根の旅!」
「あれ?申し訳ありません、画面が違ったかな?」大島は慌てる。会場がざわついた。
「絵里香先生も待っている!」から「絵里香先生!」の声。
もはや大島のリモコンは機能しない。パワポは自動スライドショーの設定に変わっている。
「決行はクリスマス!」会場から笑い声がわき出る。
「ギャー、何だこれ!ストップ!ストップ!」大島はリモコンを振り振り慌てふためいている。
「大島先生も一緒❤」
「ああ!大島先生不倫だ!」会場の生徒が叫ぶ。
画面にはあの夜のツーショット写真が次々と映し出される。
「桜井!桜井! これおかしいぞ――」と大島。コードを引き抜こうとするも画面はもう止まらない。
「宿泊は ホテル ラビリンス❤」「キャー」保護者は子供の目を手で覆う。会場中がざわめいた。
この後の画像については読者のみなさんに想像をゆだねたい。
桜井は演台の上に会社への辞表を置き、北川に敬礼をして会場を足早に去って行った。
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