スライム

 ……過去。ぼくは研究所で創られ、生まれた。それから事故が起きて、研究所を抜け出して、エヴァンに拾われて……ウタとアリアと出会った。

 ぼくは……ただのスライムじゃない。でも、どんなに知性を持っていたとしても、所詮はスライムなのだ。



「…………エヴァン……」



 大切な人を守る力なんて、持ち合わせていなかった。

 目の前に横たわる、大切な大好きな人を見て、ぼくは、ただ悲しむことしか出来なかった。エヴァンが最期に守ろうとした……アリアを支えることも、ぼくには出来なかった。



『ほら、お前は弱い存在なんだよ』



 ハッと振り向けば、あのときの男たちが立っていた。思わず後ずさりそうになったけど……ぼくは、彼らとしっかり向き合った。



『いったい君はいつ、彼らの役に立てた? 君の大好きなヤナギハラ・ウタ。彼を助けること、君には出来た?』



 ぼくには、頷くことができない。だって、実際にぼくは弱くて、ウタに助けられてばっかりな存在だから。……でも、



「助けられてばっかりでも……ぼくは、ウタたちと一緒にいたい。側にいて、一緒に旅をしたい! 離れたくなんかないよ!」


『それは君のわがままだ。彼らがそれを嫌がったら?』


「嫌がりなんかしないもん! ウタとアリアとポロンとフローラとドラ君! みんなぼくの仲間だもん! 一緒にいてくれる人たちだもん!」


『へぇ……。つまりなんだ? お前は、自分のせいであいつらが傷ついてもいいと……そう思ってるのか』


「そうじゃないよ! 今は……まだ、ちっぽけで弱くても、でも! ぼくだってもっと強くなれるはずなんだ! そうしたら、ウタたちのこと助けられるはずなんだ!」



 あの日、ぼくは決めたんだ。もうこの人たちに操られたりなんかしない。ぼくは、ぼくの意思で、ウタたちと一緒にいるんだって。Unfinishedの一員として生きていくんだって、決めたんだ。

 力や体はちっぽけでも、この想いはちっぽけなんかじゃない。ちゃんと、根っこがある大切なものなんだ。



「……過去に助けられなかったから、今度はぼくが助けたいんだ。ちょっとした一言でも、ちょっとした仕草でも、それだけでぼくは助けられた。ぼくにだって、出来ることがあるはずだから!」


『……そうか。なら好きにしたらいいさ。でも、』



 不意に、体が宙に浮く。魔法で吹き飛ばされたんだと気づくのには、少し時間がかかった。地面に体が叩きつけられ、はじめて、小さく呻くように声が漏れた。

 ……こんなに、痛いんだ。

 そんな痛みにさえ、ぼくは初めて気がついた。



『君に、彼らを守る力はないよ』


「……っ、それでも! ぼくはみんなを守りたい! みんなの力になりたい!」


『……ファイヤランス』



 炎の槍が降り注ぐ。ぼくは……それの避け方を知らない。全部正面から受けて、倒れた。



『こんな簡単な呪文すら回避できないような君に、彼らを助けることはできない』


「…………」



 ……悔しいけど、正論だ。ぼくはずっと守られてきた。戦うすべも、避け方も、治療することも出来ない。本当に……小さくて、どうしようもない存在だった。



『……でも今、俺の提案にうなずけば、君は強くなれる』


「…………ぇ」


『君を作ったのは紛れもなく俺らだ。今こちら側に来てくれるのなら、君は間違いなく強くなれる』


「……強く……でも」



 ぼくは、あの日のことを思い出した。暗い液体の中。凍えそうになるのを必死に押さえこんで涙を流したあの日のこと。

 だんだんと意識が薄れていった。体の感覚がなくなっていった。目が覚めたら……ウタと戦っていた。この人についていったら、また、同じことになる。ウタを助けるどころか、傷つける。



「……ぼくは行かない」


『…………』


「同じことは繰り返したくない。これ以上ウタを傷つけたくなんかない。ぼくは、ぼくの力で強くなりたい」


『……そうか』



 不意に目の前がフラッシュする。思わず目を閉じて、再び開いたとき……そこには、ウタが倒れていた。ウタの視線の先には、アリアがいた。ウタはピクリとも動かなくて……それを見て手を伸ばすアリアも血に濡れていた。



「あ……りあ……、ウタ…………!」



 駆け寄ろうとしたら腕を捕まれた。振りほどこうと思ったけど力が入らなくて、腕が擦れただけで、なにも起こらなかった。絶望に近い感情をもって……力が完全に抜けて、がくりと膝をついた。



『……ほら、誰も守れない』


「…………守れ、な、い……」


『全部無駄なんだよ。ねぇ? ほんとは分かってるんだろう? 君も、本当は誰一人守れないって』



 守れない……。ぼくは、誰も、守れない……? ただの足手まとい? 役立たず? それなのに一緒にいたいって思ってるの?



『君がもっと強ければ、彼らが傷つくこともなかったはずなのにね』


「…………」


『今からでも少なくしてあげようと、思わないの? 「仲間」なんでしょ? ねぇ』



 ……『仲間』だから、強くなる。

 強くなるために……自分を、捨てる。

 そうすれば…………幸せに、なれる?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る