セリエ・フローラ

 ……過去。私がたっていたのは、家の中。お父さんとお母さんの前だった。世界で一番愛しくて、大好きで……世界で一番、恐れた人たち。私は再び、その家に戻ってきていた。



「…………!」



 反射的に逃げそうになった私の髪を、お父さんが強くつかむ。そして、背中から乱暴に、床に打ち付けた。



「いたい……っ……」


『痛い……? それがどうした。お前は、俺たちを裏切ったんだぞ? 分かってるのか?』


「うらぎり……?」


『そうよ、ここまで育てた恩も忘れて、一人でのうのうと……。いったい何様のつもりなの? フローラ』



 ……昔から、閉じ込められて、暴力を振るわれて、でもなにも言えなくて……くるしかった。友達が誕生日にケーキを食べたとか、プレゼントをもらったとか、怖い夢を見て、一緒に寝てもらったとか……そんな当たり前の話が、羨ましくて仕方なかった。

 だけど、うちと友達の家は違うんだって。違うけど、ちゃんとお父さんもお母さんも、私のことを愛してくれてるって信じてた。

 …………信じてる、ような、ふりをしてた。



「……これは、裏切りじゃありません……私は、もうこんな生活耐えられない! 普通じゃないの。みんな、殴られたり蹴られたり、魔法をぶつけられたりなんてしてないの! 愛されて……みんな愛されて、それなのに」


『子供を愛さない親なんていないわ。これが私たちからの愛なの』


「嘘だっ! それが愛なら、私が苦しむようなことはしない!」


『いい加減にしろフローラ!』



 左の頬に、鋭い痛みが走る。殴られた。……でも、こんなものなれっこだ。これくらいなら、まだ、愛を信じていたかもしれない。



「…………本当に子供を愛しているなら、例え操られても、私のことを殺そうだなんてしないはず。だけど! ……操られてなくても、殺そうとしたよね……?」


『だったらなんだ』


「邪魔だったの!? それならそう言ってよ! さっさと出ていくから! 遠回しに存在の否定をしないで! 存在を見つける道を奪わないで!」



 私の叫び声は、届かない。お父さんはゆっくりと私に近づき、胸ぐらをつかんだ。……憎たらしいくらいに私とそっくりの色をした瞳を、真っ直ぐに見つめた。もう、怖がってなんていられない。怖がらないで、進む。そう決めた。

 ……本当は、怖くて仕方ないけれど。



『……ちっ、生意気言いやがって』


「…………」


『エレキテル』


「……っ…………!」



 全身を痛みが走り抜ける。だけど、声はあげない。泣いたら負け。叫んだら負け。どこかで、そんな気がしてた。



『一人立ちしようって魂胆か……? はっ、やれるもんかはやってみろよ』


「っ……」



 お父さんは、私を部屋のすみに放り投げると、めんどくさそうに、冷たい視線を向けた。



『でも、フローラ。……お前には無理だ』


「……無理じゃない」


『無理だ』


「無理じゃない!」


『いいや? ……むりだ』


「どうして決めつけるの!? 分からないよ! 私、ずっとここにいたんだもん! わかんないよ! ねぇ!」


『ずっとここにいた、一人でもなにも出来ない役立たずが、外でなんとか出来ると思うか?』



 私は、手を握りしめて立ち上がった。もう逃げない。絶対に逃げない。目を背けない。



「……それでも、私は出ていきます。もう嫌なんです、こんな自分」


『……なにも出来ないくせに、出ていくのか?』


「……なにも出来なくなんか、ない」


『じゃあ何が出来る』



 私は咄嗟に言い返そうとして……言葉が、出てこなかった。

 メヌマニエを倒したとき、ベリズと対峙したとき、アリアさんのお父さんが亡くなったとき、サイカさんたちを助けに行ったとき、魔王城に乗り込んだとき、スラちゃんがさらわれたとき、ブリスに裏切られたとき、ニエルと戦ったとき……。私は、一体何が出来ただろうか。ウタさんたちの、役に立てていたのだろうか?


 ……答えは簡単。NOだ。私がいなくても、きっと、ウタさんたちは、今までのピンチを切り抜け、ここにたどり着いていたはずだ。


 だとすれば私は?

 ……ただの足手まとい。要らない存在。結局私は、なにも、出来ていない。



「…………」


『ほら、答えられないじゃない』



 お母さんが私を鼻で笑う。



『親にずいぶんと言っておいて、家でまでして、それで? 結局なにも出来ていない? ……情けない。そんな子、一体誰が認めてくれるというの?』


「それは……っ」


『生きている価値もない。どうしようもない存在ね。……ファイヤ』


「ぅ…………」



 足を焼かれ、膝をついた私の目の前で、なにかが転がる音がする。ハッとしてその先を見れば、そこには、ナイフが一本転がっていた。



『お前は、役に立つ子供なのか?』


「…………」



 私はゆっくりと、首を振った。役に立つなんて……お世辞にも言えないような人間だ。助けてもらってばっかりで、なにも出来ないんだ。



『なら、命を絶て』


「――――」


『あなたの大切な彼らだって、あなたがいなくなることを、きっと望んでいるの』


「……ウタさん、アリアさん」


『だからほら、ナイフを握れ』


「スラちゃん、ドラくん……ポロン……」


『ナイフを握れ。そして首を切れ、今すぐに』



 私は……ナイフを握りしめた。



「……ごめんなさい」

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