ポル・ポロン

 過去……。おいらがキルナンスに入れるようになるより、ずっとずっと昔の事を考えていた。

 確か、四歳くらいの時だった……。今、おいらはその時と同じ場所に立っている。



『実はな、ポロン。……お前は、俺の子供じゃあない』


「…………」


『それどころか、世間的に認められてすらいない子供なんだ。……この意味、分かるか?』



 当時のおいらは首を振った。わからない。認められるって何? 認められてないって何? お父さんの子供じゃないのなら、いったいおいらはどこから生まれて、どう生きてきて、どうしてここにいるのか? 考えるような余裕もなかった。

 ……でも今は、わかる。

 目の前にいるのは、その時の父さんの姿をした魔物。そうわかっていて、あえておいらは言葉を返した。



「……わかるよ、どういう意味なのか。おいらには分かる」


『……そうか』



 ……ひどく、悲しそうな顔をされた。そんな顔はずるい。そんな、可愛そうな子供を見るような、あの人によく似た表情……ずるい、ずるすぎる。そういう手でこの魔物は、おいらたちを惑わそうとするんだ……そう思った。



『それを理解しているなら、例えポロン、お前が大きくなって、独り立ちして、立派になっても……ここを離れるな。なんの権利も持たない、誰一人守ってくれない世の中だ。その辺でころっと死ぬのが目に見えてる』


「…………」


『キルナンスにだって利用されて、酷い目に遭うさ。命はとらずとも、心を根こそぎとっていくようなやつらだからな。従っちゃいけない』



 さっきから父さんのようなものが話しているのは、正しいことだ。おいらは街に出てきてはいけない人間だった。


 存在しない人間。

 認められていない人間。

 でき損ないの、役立たずで……。

 幸せな幼少期を過ごすことさえできなかった、まさしく可愛そうな子供だ。



『外はな……苦しいこと、辛いこと、汚いことで満ちているんだ。そんなものをポロンが見る必要はない。汚れるな、苦しむな、俺と違う道を行け、ポロン』


「……バカじゃねぇのか? ほんと……」



 おいらは思わず、ぎゅっと目をつむった。そして開けば、そこに彼はいなかった。

 あるのは、骨だ。……まぁ、よく骨が戻ってきたもんだ。


 キルナンスに殺された。そんなぼんやりとした情報だけ。

 逆らったから殺された。そんなあやふやな情報だけ。


 ……おいら、実は調べたんだ。どんな命令に逆らって、殺されちゃったのか。


 おいらを……キルナンスに入れる。それを嫌がって嫌がって、最後まで抵抗して、殺されたんだって。……そうなんだって知ったとき…………本物のバカだと、心の底から思った。たったそれだけのことの為だけに命を投げ出すとか……意味がわからないや。

 そして、これがきっかけで、おいらはキルナンスに入った。理由は簡単だ。それが、父さんが命を懸けてまで阻止するようなものだったのか確かめるためだ。父さんの意思に背くことになるとか、そんなのは考えなかった。


 そして結果……おいらは、『父さんの考えは間違っていた』ということに、すぐに気がついた。

 盗みの仕事、人身売買の仕事、賄賂や薬、そんなものが当たり前の世界。……だから、動かなくなった『商品』の処理も任されることがよくあった。

 冷たくて重たいそれに手をかけて、火をくべて、謝りながら骨にする。辛くて苦しい、最悪の仕事だった。確かに、やりたくはなかった。それは事実だ。


 …………でも、父さんの、残骸のような骨を見つめ、手にとったその瞬間……それを越えるような絶望や苦しみ、悲しみは全く沸いてこなかった。苦しかろうが辛かろうが、なんでもいいから側にいてほしかった。一人にしないでほしかった。


 ずっと寂しくて、夜には一人で魚を釣って食べた。美味しくなかった。

 二人で食べた、よく分からない苦い山菜の方が、ずっとずっと美味しかった。



「そんないうこと……聞けるわけねぇよ」


『ポロン』


「どうせおいらを置いていくんだろう!? 自分勝手に偽善を重ねて、おいらを一人にするんだろう?! ……守ってくれるんじゃねぇのか、おいらを」



 そいつは、そう叫ぶおいらの肩に、優しく手をおいた。おいらはそれをふりほどく。本人でないそれに、触れられたくなどなかった。



『……かわいそうに。たくさん苦しい目に遭ってきたんだね、ポロン』


「……そうだい。それもこれも、おいらを一人にしたから」


『ここの俺は、死ぬことはない。死ぬどころか、怪我をしたり、病気になることもない。苦しまずに永遠にいられるらしい』



 ……初めて、心が揺らいだ気がした。父さんはいつだって苦しんでいた。怪我をしてない日なんてなくて、それなのに大丈夫と笑いかけてくるんだ。そんなときに見える笑顔が……おいらは大嫌いだった。



『死ぬことがないなら、もうポロンを一人にすることもない。ずっと一緒だ』


「……ずっと、一緒……」


「そう、ずっと一緒」



 ……父さんが、手をこちらに差し出してきた。おいらはその手を…………そっと握った。

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