突入

 ボスがいる間へ続く扉、その前に、僕らUnfinishedとリードくんは立った。これから、ボスとの対決になる。それも、みんなで戦うのではなく、一人で戦うのだ。自分自身の過去と。



「……さて、いよいよこれから突入……ってなるわけだが、リーダーからなにか一言、ないのか?」



 不意に、アリアさんが僕に話を振ってきた。……わざとだろう。僕がなにか言わざるを得ない状況を、わざとつくったのだ。



「……えっと、」



 ちらりと辺りを見渡す。……うん、大丈夫だ。



「……これまで、みんな、自分の過去を乗り越えてきた。向き合って、自分の中で噛み砕いて消化して、糧にしてきた。だから……きっと大丈夫! 大丈夫だよ!」


「……はいっ! 頑張ります!」


「おいらたちが負けるわけねーよな!」


「うん。……あと、仮に抜けられなくても、生きて帰ってこよう。生きていたら、再チャレンジ出来るんだから。無理はしないで、逃げるもありだよ」



 僕はそういうと、扉をじっと見上げた。



「……僕らも応援してます」


「あとから、必ず突破します」



 ソフィアさんとヒルさんの声に頷いて僕は、扉をゆっくりと押し開けた。……とたん、目の前が静かにホワイトアウトしていく。意識が、ぶれる――。



『――い、おーい』



 誰かに……呼ばれている気がする。



『おーい、ウタ! いい加減起きろって。何やってんだよ』



 ぐらぐらと体を揺すぶられて、いやいや、重たい瞼を開いた。……そして、目の前に映った光景に、固まるしかなかった。



「…………ぇ」


『あ、やーっと起きた。ったく、何やってるんだよ。ちょっと飲み物買ってくる間に居眠りか? 倒れてるのかと思って少し心配したじゃねーか』



 目の前に立つ人を見て……それが、魔物が造り出した、都合の良い夢だと、現実ではないんだとわかっていて……それでも、僕は、込み上げてくる涙を押さえられなかった。



『え、ちょ、お前大丈夫か? 居眠りして、起きた瞬間泣き出すとか……』



 ダメだ、攻撃される。殺される……。

 そう分かっていながら僕は、彼を力の限り抱き締めた。その瞬間、涙がさらに溢れだしてくる。



『どうしたどうした、お化けでも見たみたいに。お前変になったか……?』


「…………ん……き……」


『ん? どした?』


「ごめん……っ、ごめんなさい、充希……!」



 僕は、すでに死んでしまったはずの友人、池部充希を抱き締め、泣き叫んだ。

 そんな様子を見ていた『充希』はゆっくりと微笑み僕の背をさする。あまりにも優しく、暖かい手だった。まるで……



『大丈夫、大丈夫だ』



 ――本物であるかのように。



『これから、死で償えるよ』


「っ……あああっ!」



 背中をさする右手に、ナイフが握られる。『充希』はそれを、容赦なく僕の背に突き立てる。痛みと失血で足に力が入らなくなった僕は、抱き締めていた、『充希』に体を委ねるしかなくなる。

 逃げることが、できなくなる。

 あぁそもそも、グッドオーシャンフィールドのシャツを着ているのに、なんで物理攻撃が通じるんだろう。……そんなことを考える余裕、すでにない。



「っは……ぅ、あ…………みつ……」


『俺に申し訳ないと思ってる? なにが申し訳ないと思ってるんだ?』


「……ぼ……が、充希……殺、した…………」


『命の償いは命。妥当じゃないか? ウタ』


「うあぁっ! ……っ、ぅ…………はぁ……」



 痛みに目が眩み、意識を飛ばしそうになりながら耐える僕を体で支え、『充希』は生きていたときと同じ笑顔を見せる。

 右手にはナイフを持ち、生前のように微笑み、左手で息も絶え絶えな僕の頭をそっと撫でる。……どこまでが優しさで、どこからが嘲笑なのかがわからない。しかしまぁ、今確実なのは…………。



『ほら、償ってくれるんでしょ?』


「うぁっ! っ……ぅ…………!」



 このままだと、確実に、殺される。

 ただそれだけの事実だった。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「余計なことをしてくれた……と、そうやって言いに来たんでしょ? 女神様」



 どこか、誰も知らない場所で、彼女は神に対してそう切り出した。それに女神はため息を一つつき、言葉を投げ返した。



「私の勇者たちは、『ヤナギハラ・ウタをこの世界に送り出した女神が、何かの意図を持って勇気というスキルを与えた』って考察してるみたいなの。

 正しい情報くれないと殺すって脅されてるから困ってて。教えてくれませんか?」



 そんな女神の願いを、あっさりと彼女は切り捨て、背を向けた。



「あなたに教えることはできません」


「なぜです? そんなに都合の悪いことなんですか?」


「えぇ、都合が悪いんです。そもそも私は、『小さい女の子の女神』ですよ? そんな取引に応じるほど大人じゃありません」


「……その立ち振舞いで何を……」



 彼女はふわりと微笑むと、その金の髪をゆっくりとかきあげた。



「……もう少しですので、ご容赦ください」


「……こちらは世界の運命がかかっているんです。悠長に待ってなどいられません。それにあなた……神でないのなら、何者なのですか?」

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