個性の塊's

 学校で感じたのと同じ、あの感覚がよみがえる。

 目の前に立っているのは、マーラーと名乗っていたあの女性。左手には薬品の入ったビーカーを持ち、扉の外から漏れる光で逆光に映るその人の目は、怪しく光っていた。



「あ……の、えっと…………」


「他人の部屋に勝手に入るのは、良くないと思うなぁ?」



 そうですね! そうですね! 僕が悪かったですごめんなさいっ!

 ででででも、だからって殺すことはないと思うんですよ?! 分かります? 殺すことはないと思うんですよ!



「お前は……ま、マーラーじゃ、ない、のか…………」



 アリアさんが苦し紛れにそんな分かりきったことを言う。それを聞いたその人は、よりいっそう楽しそうに笑いながら、全く笑っていない眼をこちらに向ける。



「あれはねー、ちょっと惑わせたかっただけなの。本気に受け取っちゃダメだよ? ……分かってたくせに、ねぇ?」



 コツ、と音がする。その人が、僕らに一歩近づいたのだ。足がガクガク震えて動かない。ヤバイ……これは、本格的にヤバイ!



「う、ウタにぃ!」


「ウタさん!」


「ウタっ!」


「ぼぼぼ、僕に言われてもぉ!」


「ぷるぷるっ!(なんとかしてよっ!)」


「スラちゃんまで!?」



 どどどどどどうしよう! みんな僕の後ろに隠れる。というより、僕を盾にしてるよねこれ!? もう! こういう肝心なときに『勇気』は発動しないんだから!


 コツ……と、また一歩、その人は僕らに近づく。そして、右手をスッと僕らに向けた。も、もうだめだぁ! 無理だぁ! 殺されるぅ!

 そう思って目を閉じた瞬間だった。バタバタと慌ただしい足音が聞こえ、そして、



「ジュノーーーーーンっ!」


「うぇっ?! え、ちょ、今!?」


「……ん、え?」



 かけられていたプレッシャーが軽くなり、何事かと目を開けると……。



「会いに来たよー」


「あ、アイリーン!? 今、来る!? 今!?」



 ……その人……まぁ、やっぱりジュノンさんだったわけだけど、ジュノンさんにアイリーンさんが抱きついて、そして、



「すやぁ」


「寝るな!」



 寝た。

 ……えー、こ、これはどうしたらいいの? だって、ジュノンさんなんか薬品持ってるし、危ない…………。でも、なんか、近づきたくないしなぁ……。


 そしてその時、救世主あらわる!



「……なにやってんのジュノン」


「テラーさん! 助けてください!」


「おうおうおう、どうしたどうした。

 ……HCl……それ、塩酸? 持つけど」


「濃塩酸ね。でも助かる、アイリーンが寝ちゃったんだよぉ。あ、それ向こうの濃硝酸と3:1で混ぜといてー」


「まーた王水作るの? ま、いいけどさぁ」



 そんな会話をしながらテラーさんはジュノンさんからビーカーを受け取り、僕らの横を通り抜けて、後ろの作業台のような場所にあった液体と混ぜる。



「……で、ウタくんたちはどうしてそこで立ち尽くしてるのさ? 奥にソファーあるけど……座らせちゃっていいよねー、ジュノーン」


「あーいいよいいよー。紅茶とコーヒーあるから淹れてあげればー?」



 すると、再び扉の向こうから足音がする。



「あっ、もう結構いる? おさくだけ? いないの」


「んー? ドロウじゃーん! みんなどしたの? 急に大集合しちゃってさ」


「いや、実はね」


「ちょ、ドロウ! おさく来てからにしよーよ。どうせなんか売ってるんでしょ。あ、ウタくんたちはこっちねー」


「え、え?」



 ……僕らは戸惑ったその状態のまま奥に通された。

 いや……あの、なんかふっかふかのソファーに座ってるのに、全くリラックス出来ないこの状態はなんなのでしょうか。周りには変な機械いっぱいあるし、でっかめのビーカーでなんかこぽこぽいってるし、もう怖い。帰りたい……。



「やぁ! 元気か少年少女!」


「まっっったく元気じゃないですっ!」


「あれれー? おっかしいぞー?」


「唐突な名探偵コナン止めてください!」


「お?」



 もうやだ……個性の塊's怖い……。

 ボク、イエ、カエル…………。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「…………」


「…………」


「…………」


「…………」



 僕らの前には、ティーカップがそれぞれひとつ。僕らから見て左側にはおさくさんとテラーさん、右側にはドロウさんとアイリーンさん(まだ寝ている)。

 そして、向かいには、個性の塊'sのリーダーさん。……正直、手をつける気にならない。



「……毒とか入ってないよ?」


「……そう言われると逆にしんぱ」


「はいってないよ?」


「イタダキマス」



 与えられる威圧に耐えきれなくてお茶に手をつける。……あ、案外美味しい。



「……あんまりいじめないであげなよ」


「えー? 楽しいじゃーん!」


「……出ました出ました。ジュノンさんの自分の実力理解していない発言。このことをどうお考えですか? 実況のテラーさん」


「そうですねぇ。やはり、自分の威圧が普通のものを凌駕してしまっているという自覚を、しっかり持っていただきたいですね」


「ウタくんたちは普通の人ですから、魔王の威圧には耐えられないでしょうね」


「魔王じゃありませーん」


「……などと供述していますが」


「お、さ、く?」


「ハーイ退散しまーす」



 ……なんだこのカオスな空間。僕らの方はなにも言えない。こ、これが個性の塊'sなのか……? そうなのか……!?



「……で、なんでみんな集合したわけ? 遊ぶの今度でしょ?」


「んー……? あー、それはねー」


「あ、アイリーン起きた」



 そして、塊's全員が、目を輝かせながらジュノンさんに言う。



「朗報だ!」


「えー、めんどくさいことやだなぁ」


「魔王が復活したぞ!」


「よし殺りに行こう!」



 ……んんんんん???

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