二人で
……幻聴か?
その声が聞こえた瞬間、本当にそう思った。だって聞こえるはずのない声で……大好きだけど、ずいぶん聞いていない声で。
しかし、目の前には確かにミーレスがいて。
その頭上に、真っ白い雷が落ちて。
割れていた窓からは、僕の大切な……大切な人が、鎖を引きちぎり、飛び降りてきた。
黒炎が勢いを無くし、僕は力が抜けて尻餅をついた。そして、まだ整理のついていない頭で、ぼんやりとその人を見上げる。
「アリア、さん…………?」
僕を庇うかのように目の前に降り立ったアリアさんは美しく、そして強かった。なびく金髪はキラキラと光り、裸足で地面に立ち、ボロボロに破れた服でさえ、その美しさを引き立てていた。
戸惑う僕の目を見て、潤んだ瞳を細め、そして、口を開く。
「……ウタ…………」
アリアさんの、声――。
それだけでも泣き出しそうなのに。
「アリアさん……どう、して……」
「ありがとう、ウタ。
私の鎖をちぎり捨てたのは、確かにお前だった」
その声でそんなことを言われたら、もう、泣くしかない。
アリアさんの体からは、目に見えるほどの力が溢れ、輝いていた。絶対に敵わないと分かる圧倒的な力……。なんなんだろう、この力。僕も、ミーレスも凌駕するその力の意味を、まだ、僕は分からないでいた。
「たくさん助けてもらった。……今度は、私も戦う」
そしてアリアさんは笑いながら、僕に手を差しのべた。
「一緒に戦おう。……二人で!」
「アリアさん……!」
僕はその手を強く握り、立ち上がった。アリアさんの雷魔法で体が半分ほど麻痺しているミーレスは立ち上がるにも立ち上がれず、しかし膝をついて笑っていた。
「あぁ……あぁ! 綺麗だよアリア! その絶対的な美しさを……僕の魔法でさらに芸術的にしてみせる!」
ミーレスが地面に手を当てる。そこから生えるのは、前はアリアさんの体を貫き、絶望に突き落とした黒い刺。
しかし今回は、
「黙れ」
刺がアリアさんに迫った瞬間、アリアさんはその手を軽く横に薙いだ。……たったそれだけで、アリアさんの手から目を開けていられないほどの光が溢れ、刺はすべて消滅した。
そして、アリアさんは僕の方をちらりとみる。……今の僕ならば、それだけで、次どうしたらいいのか、分かる。
「ふん……。何がどうなっているか知らないけれど、それならこれでどうかな? カプリチオ!」
僕に、一度はアリアさん救助の道を諦めさせた魔法。しかし今は、怖くない。理由は簡単。
一人じゃない。二人だからだ。
「シャインランスっ!」
僕はありったけの力で光の槍を生み出し、闇の球体にぶつける。それらは反発して、砕けちり、相殺される。
僕らは負けない。
絶対に負けない。
「ウタ!」
アリアさんの声が聞こえる。たったそれだけの事実があるだけで、僕はいくらでも勇気を力に変えられる。
……なんとなく、気がついた。『勇気』の発動時間が、他のスキルに比べて極端に短い理由。
疲れるのだ。勇気を出すのは。どんなに小さい勇気だったとしても、それが自分にとっての『勇気』だったなら、疲れるのだ。
例えば、勇気を出して授業で手をあげたとき。
例えば、勇気を出して初めてお化け屋敷に入ったとき。
例えば、勇気を出しておばあちゃんにバスの座席を譲ったり。
「くそっ……ファイヤストリーム!」
例えば、勇気を出して好きな人に告白したとき。
例えば、勇気を出してよくないことをよくないと言ったとき。
「……いけるな? ウタ」
「はい」
例えば、勇気を出して、誰か大切な人を、守ろうとしたとき。
疲れるのだ。とても。
普段の自分にとっての限界を越えているのだから、当然だ。
「「シエルトっ!」」
でも、限界の限界を越えると、疲れは感じなくなる。
『勇気』の方が上回る。
しかもそれが、一人でなく二人なら。
『限界』なんて、もうどこかへ消えてなくなってしまっている。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
……彼は、間違っていた。
完全に『勇気』の意味を取り違えていた。
ミーレスという名のこの男は、例えマルティネス・アリアがウタという少年に加勢したところで、なんの役にも立たないことを知っていた。
所詮はレベル40前後。気休めにすらならない。一人が二人に変わったところで、なにも変わらないのだと。そう信じて、疑わなかった。
(どうして……っ! どうして、アリアはこんなに強いんだ!)
その考えが、間違っていたわけではない。が、100%でなかったことは、今、彼が身をもって感じていることだろう。
ついさっきまで、鎖に繋がれ震えていた、あんなに弱々しかった女が、今では自分を追い詰めている。もちろん少年の力も彼の力も強い。しかし、それさえも凌駕する彼女の力に、圧倒されるしかなかった。
それでも彼は、自分の信じているものを捨てることが出来なかった。
そもそもは『マルティネス・アリアを手に入れたい』という、それだけの想いから出来上がったスキル。その目的が果たせないことを、認めたくなかったのだろう。
しかし真実は、確実に目の前に現れる。
あまりの力に、彼はマルティネス・アリアを鑑定した。自身のレベルは今は2000。鑑定できないはずがない。
そう思っていたからこそ、
「……そん、な」
目の前の現れた『鑑定失敗』の四文字を信じることが出来なかったのだろう。
「アリア……なぜ、分かってくれないんだ……。
なぜだ! なぜ私を選ばない! なぜだ! なぜだっ!」
「……悪いが、私にお前の行動が理解できたことなど、一度も、一瞬もない」
「…………」
「私から見てお前は――親殺しの、穢れた異常者だ。それ以下なことはあっても、それ以上であることはない。決して」
ヤナギハラ・ウタが、彼に向かって氷の槍を飛ばす。それを彼が弾き、はっと視線を戻したときには、もう遅かった。
マルティネス・アリアは、彼の視線の先で、真っ直ぐに右手をあげる。と同時に、目映いほどの魔力が溢れ、空に魔方陣が映し出される。
そして、今までの苦しみをすべて打ち消すかのごとく、マルティネス・アリアは力強くその手を振り下ろした。
「――ジャッジメント!」
白い閃光が放たれ、ミーレスはその場で気を失った。
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