これから

「はぁー! 疲れたー!」



 初級魔法を一通り練習し終えた僕は、アリアさんに一つ部屋を貸してもらって、そのベッドの上に寝っ転がった。

 ちなみにスライムは僕とアリアさんで世話することになった。スライムのご飯は水や氷。初級魔法の練習もかねて、しばらくは僕が面倒を見る。



「…………」



 久しぶり――とは言っても半日程度――に一人になった僕は、ぼんやりと、あのスキルのことについて考えていた。



「……勇気、かぁ」



 あのスキルが発動するための勇気は、嫌いな食べ物を食べるとか、そんな小さいことじゃない。それは直感で分かる。

 ……きっと、あの神様が僕の死に様を見て、勇気あるやつなんだと勘違いしたんだ。


 でも、違う。

 あのときだけなのだ。

 スキルが発動することなんて、ないのかもしれない。



「……あー! ダメだダメだ! とうしてもネガティブになってしまう!」


「ぷるるっ?」


「でも……ずっと、アリアさんに頼りっぱなしな訳にもいかないしな」



 話を聞いた限りでは、この国も、今はかなり大変なようだ。僕を受け入れるだけの余裕があるかどうかも分からないのに、こうして魔物から助けてくれて、部屋を貸してくれて、身を守るための稽古までつけてくれている。

 ……こんなの、いいのだろうか?



「これから、僕はどうするのが正解なのかな」



 やはり、魔物を倒してレベルをあげて、旅をするっていうのがいいのかな? それとも、ここに残って、街の人たち手伝いをするのがいいのかな。

 ……それとも、



『           』



「……っ!」


「ぷるっ!」



 忘れろ。考えるのをやめるんだ。向こうの世界で僕はもう、死んだんだ。関係ないんだ。あの世界と僕は。

 ふと、軽いノック音がした。



「ウタ、私だ。入ってもいいか?」


「アリアさん!」



 ドアの前まで小走りで移動すると、扉を開ける。

 アリアさんはさっきまで着ていた鎧のような服を着替え、腰に大きな紺色のリボンがついた白いワンピースに着替えていた。

 服装がシンプルになったがゆえに、金髪の中に見え隠れする、紫色の蝶が、よりいっそうキラキラ輝いて存在を主張した。



「どうか、しましたか?」


「なに、もう夜になる。飯にしようかと思ってな。呼びに来たんだ」


「そうなんですか。ありがとうございます」


「…………」


「……アリアさん?」



 急に黙り込んだアリアさんをじっと見つめると、アリアさんはばっと顔をあげ、僕の目を見た。エヴァンさんと同じ、赤い瞳。心の内を、探られているようだった。



「……なにか、悩みでもあるのか?」


「え?」


「や、違うならいいんだ。ただ……そう見えただけで。気にしないでくれ」



 ……アリアさんは、僕の中にある迷いに気づいたのか? 僕の悩みに、気がついたのか?



「じゃあ食堂で」


「ま、待ってください!」



 引き返そうとしたアリアさんの腕を、咄嗟に掴む。触れた肌はあたたかくて、細くて……ハッとするほどに、やわららかかった。



「……あの! き、聞きたいことがあって」


「……中で聞くよ。立ちっぱなしじゃお互いに疲れるだろう?」



 僕は、小さくうなずいた。

 部屋の中に入り、僕は備え付けられていた椅子、アリアさんはベッドに腰掛け、向き合った。



「……僕は、どうしたらいいと思いますか?」



 なんの前置きもなく、僕はそう切り出した。またあきれられるかもしれない。しかし、アリアさんはそういった反応はしなかった。



「どうしたらっていうのは、あれか? ここに残るか、残らないか。働くか、冒険者にでもなるか、ここで世話になるか……とか、そんなことか?」


「……はい」


「そうか」



 アリアさんの言葉が途切れる。僕は、すがるように次の言葉を待った。



「……自分の、好きなようにしていいんじゃないか?」


「好きなように?」


「そうだ」



 好きなように……好きなようにって、どうすればいいんだろう?

 ヘタレな僕は、自分で自分の道を決めてこなかった。高校も、勧められたところにそのまま入学した。

 自分の意思が、わからない。



「……決まるまでは、ここにいてくれて構わないよ。私たちは迷惑なんかじゃない」


「でも、僕は弱いし、ヘタレだし」


「そうだな」


「アリアさんたちに、頼りっぱなしになっちゃいます」


「それならそれでもいいんじゃないか? お前の人生だ。せっかくここで会えたんだ。頼りたければ頼れ」



 アリアさんは、僕の判断を待ってくれるという。しかし、しかしだ。本当にそれでいいのだろうか? 自分のわがままに、誰かを巻き込むなんて……。



「…………僕は……」


「ん?」


「僕は、あのスキルを、使えると思いますか?」



 『勇気』発動条件は、自分の心が、恐怖や圧力に打ち勝つこと。ヘタレな僕にとって、これが一番の難題。

 正直僕は、使えると思わない。使えない。だって……。



「…………」



 黙り込んだ僕に、アリアさんは優しく言った。



「……私は、お前なら使えると思っている」


「え?」


「私はお前なら……ウタなら、この力を使えると、そう思っているよ」


「どうして……?」


「さぁな。でも、そう思う」



 それから立ち上がると、ドアの前まで行き、僕の方を振りかえって笑った。



「ほら、飯だ! さっさと食堂に来いよ」


「…………」



 …………。



「……はいっ! すぐ行きます!」

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