第50話 小城舞の苦手科目は教育学である(4)

「先輩は……」

「うん?」

「先輩は私と違って現実的なことを知っているんですね。だったら、先輩は後悔していないんですか? この道を選んだことを」

「まあ、全くないって言ったら嘘になるけどね。でも、人に何かを教えるのが好きだからね。小城だってそうでしょ? いくら将来の夢がないからといっても、わざわざ教育学部に入ったってことは勉強が好きなんでしょ?」

「それは、まあ、他人よりかは勉強ができるって自覚はありましたからね。他人より優れていたらそれは、まあ、楽しいですよ? でも、本当にそれだけすよ。将来教師になりたい! って子どもの頃からの夢を叶える人だっているわけじゃないですか。子どもが本当に大好きで、子ども達の笑顔が見たい。成長しているのをみると元気が湧いてくる! そんな……そんな人には、私はなれないですよ」

「それでもいいと思うよ」

「え?」

 小城は夢がないのがコンプレックスなのかな?

 夢なんてどこにでも転がっているのにな。

「実現不可能なことこそが夢で、大人になれば語っちゃいけない。そういうのが、みんなにとっての夢の定義――だけど、俺にとっての夢はそれだけじゃないんだ」

 俺だって大層な夢を抱えている訳じゃない。

 あったとしても公言するような度胸はない。

 非現実的な夢はない。

 でも、現実的な夢ならある。

「小城はどうしてこの大学に?」

「それは、教育学部で有名でしたし、先生に薦められたし、自分の学力に合っていたからですよ」

「うん、もしももっと学力が高かったら? 低かったら? 別の大学に行っていた?」

「それは、そうですね……。もしかしたら他の学部にいっていたかも。それってやっぱり意志が弱いって思います?」

「ううん。それが普通だよ。むしろ、自己分析ができているってことでしょ? 自分の出来ることとできないことが分かっているって、それだけで武器になるからね」

 小城は頭がいい。

 成績もだし、成績以外での点でもだ。

 だけど経験が足りていない気がするな。

 結論を出して終わっている。

 そこからなんだけどね。

 結論を出してから、そしてさらにどうしてこんな結論がでたのか。

 そこまで俺は考える。

 まるで小論文みたいに。

「線引きができているから、できなかったことが実現した時に分かるんだよ。進むべき道が見えているから努力することができる。努力していけるから夢を叶えられる」

 大きな夢に向かって偉業をなし遂げる。

 それはとてつもないことだ。

 だけど、一つ一つ小さな夢を着実に叶えていけば、大きな夢だって叶えられるようになる。

 過程が違うだけで、どちらも結果は一緒だ。

「俺にとって夢はくっきり形のあるものだよ。小さなことを一つずつ積み上げていったその先に大きな夢に繋がっていく……。そうだね、目標みたいなものかな。目標と夢は俺にとって同じような意味だよ」

 小城が身を乗り出してくる。

「あの、先輩にとって勉強ってなんですか?」

「どうした? いきなり?」

「ほら、先生になるって一生勉強するってことじゃないですか。学生を辞めても勉強を続けないといけない……。私にとって夢が先生なら、その覚悟をしないといけない。だから、先輩の意見を参考にしたいんです」

「うーん。参考ねえ。なるといいけどね」

「なります! 勉強って何のためにやるんですか!?」

「ちょっと質問変わってない!? でも、その質問はすごいされるね。家庭教師していると生徒に一番される質問かも知れない。何のために私は勉強しないといけないんですか? この方程式人生で使いますか? とかね。まあ、普通だったら『将来のために』っていうんだろうけどね」

「先輩は違うんですか?」

「うん。俺はちょっとその解釈は腑に落ちないんだ。でも、あくまで『俺は』だよ。それが正解の人だっているだろうしね。だから、今から話すのは参考にする程度ね。鵜呑みにしないでね」

 たまに少しでもいやー、それは違うんじゃ――とでも言うならば、髪を振り回してイヤアアアと高周波を生み出しそうな声で反発する人がいる。

 逆に全部他人の意見を肯定してそのまま実行する人がいる。

 きっと、どちらもだめだ。

 自分の世界だけに引きこもっている人は論外。

 それに、全肯定の人もだ。

 これをすれば確実に儲けられる! みたいなタイトルの本を熟読したところで儲けられる人は一握り。成功者の過去を追体験しても、その人自身じゃなければ意味がない。

 他人の意見が自分に合うようにカスタマイズしないと、それは自分自身にならない。

「『どうして勉強をするのか?』――その答えは数学みたいに一つじゃない。だから答えられない人も多いだろうね」

 誰しも考えたことがあるだろう。

 なんで勉強しないといけないのか。

 それはきっと永遠のテーマ。

 本や目上の人の考えを聴いても納得できなかった。

 でも俺は、すぐに答えることができる。

 ずっと考えていたから。

「もちろん、教えるよ。俺にとって勉強をする意味を」

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