第45話 愛沢林檎の苦手科目は数学である(10)
「それを今から教えていきたいんだけど、その前に――かけ算九九は暗記しているよね?」
「まあ、それぐらいだったら」
「俺が覚えて欲しいのは、二桁の二乗なんだ。11×11とか12×12とかね」
俺は二乗を書いていく。
11×11=121
12×12=144
13×13=169
14×14=196
15×15=225
16×16=256
17×17=289
18×18=324
19×19=361
かけ算九九は、葉っぱ64っていう語呂合わせで覚えたように、
17×17=289(いいな いいな 二泊)
……みたいな感じで作ってやればいいけれど、まあ、そんなことをしなくても、誰だってすぐに暗記できるだろ。
暗器が苦手な人だって英単語百個覚えるよりかは、数個かけ算覚える方がずっと楽に決まっている。
ましてや、暗記の得意な愛沢だったらなおさらだ。
「愛沢だったら、5分もかけずに覚えられるだろ?」
「まあ短期的な記憶でいいなら1分でできますけど。いや、というか、大体覚えました」
「そうだろ? 結構単純だけど、これは覚えていて欲しい。高校でもこの二桁の二乗は結構使えるんだよね」
大学生の俺でも使えるしな、これ。
「それじゃあ、次の問題を解いてみて」
さらさらと問題を書く。
17×14=
かけ算九九ではない問題。
「えっとお……」
「書かずに、暗算で」
「え? 暗算ですか?」
「そう。絶対暗算でできるから」
「暗算、ですか……」
計算力のある人だったらパッと暗算で解けるだろうけど、数学の苦手な愛沢だったら今までは詰まっていた問題のはず。
「238……ですか?」
「どうして?」
「どうしても何も17×17が289ですよね? だったら17×14は17をかける数が3つ少ないってことなりますよね?」
「うんうん」
「だったら17×3を頭の中で暗算して51っていう数字を導き出して289から51を引いたら、238になるんじゃないですか?」
「おおー。さすがー」
「ま、まあ、あれだけ前振りされたら、前の二乗の方式を使うだなって直観で分かりますよ」
「いやいや、そこに瞬時に気づけるのが凄いんだって! 数学っていうものが分かってきたね! これが、計算力の速い人のカラクリだよ!」
「あ、ありがとうございます……」
おお、照れてるー。
数学は分かった時の快感が半端ないんだよな。
正解した時の嬉しさで一番うれしいのは個人的に数学だ。
一番頭使ったような気になって充実感が一番得られる。
その快感を、少しは愛沢にも分かって欲しかった。
「とまあ、ここまでが実践的なやつ。覚えるだけでいいんだから」
「え? まだ何かあるんですか?」
「まあ、あんまり実践的じゃないけど、面白い計算方法だよ」
愛沢、なんか警戒しているなー。
今までの解き方ではまた解けないやつを書く。
数学の嫌いな人は、この、解けたと思った瞬間、また訳分からん問題がでてくるのが怖いんだろうな。
52×43=
二桁同士のかけ算。
だけど、二乗で計算しようと思っても解くのに時間がかかりそうな問題。
「これを簡単に解くには……」
俺は続きを書いていく。
52×43=
「52を50と2に分解して、43を40と3に分解してみる。すると……」
(50+2)(40+3)=
「こういう式になるから、あとは簡単にかけて答えを出す」
まとめると、
52×43
=(50+2)(40+3)
=(2000+150+80+6)
=2236
こうなる。
「これって、どこかで見たことない?」
「二次方程式で良く見た因数分解ですか?」
「そう。数学はこういう風に、点と点が線で繋がる瞬間っていうのが何度もある。今まで基礎学習してきたかからこそ、こういう解き方にも気がつくことだってできるんだ」
「はあー。なるほど」
他にもインド式とかアメリカ式のかけ算とかあるだろうけど、ぶっちゃけひっ算が一番早い気がするんだけどなあ。
ひっ算考えた人やっぱり頭いいよ。
誰でもすぐにできるし。
だけど、基礎があるから応用だってできる。
だからなんででも言おう。
「数学で最も大切なのは努力だ。だから――これをあげよう」
「…………」
無言になる愛沢。
もしかしてお喋りが長すぎて忘れていたのかな?
今までのは全て相談や質問コーナーだったということを。
「そろそろ今日の授業を始めようか」
数学の問題を束にしたやつを机に置いただけで、ドンッと音が鳴った。
「なんですか? これ? 夏休みの宿題ですか?」
「今日やる分だよ」
「ええ? あの、おかしくないですか? 量より質なんじゃ?」
「もちろん。その通りだけど、基礎問題と応用問題の比率に問題があるっていうだけで、数学において反復は必須だからね。基礎問題をみっちり、俺が直々に作ってきたやつをやってもらうよ。大丈夫。終わらなかったら宿題だから」
「ぜ、全然大丈夫じゃないじゃないですかあああああ!」
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