第44話 愛沢林檎の苦手科目は数学である(9)

「それにさ……。才能がない。モチベーションが上がらない。どっちもちょっと漠然としすぎているね。もっと具体的に。どうして才能がないのか。どうしてモチベーションが上がらないのかを考えないと」

 抽象的な考え方だけじゃ、結論が出るわけがない。

 議論すらできない。

 才能が違う――それを、怠けるための言い訳にしか使わないのだったら、聞き苦しいので一生口に出して欲しくない。

「勉強の弊害なんだよな、そういうところが。答えを出したらそこで終わり。正解を出せばそこで終わりなんじゃなくて、答えのその先にこそ答えがあるものだよ」

 愛沢は素直なんだよな。

 生まれも育ちも恵まれている。

 だから、ただ大人の言うことを聴いているだけでしかない。

 テストでいい点数を取ることしか考えられないから、テストでいい点数を取る方法を知らない。

 皮肉だな。

 ひねくれている俺だから、愛沢に教えてやれることがある。

「数学は間違いなく努力の教科だよ。もちろん、才能も関係あるけど、数学が全くできないのは努力が足りていないからだ」

 たまに、才能なんて関係ないって言う人がいるけど、それは間違いだ。

その人自身が天才で凡人の気持ちが分からないのか。

 それとも、本物の天才に会ったことがない人のどっちかかな。

 あと、本気の努力をやったことがない人も、結構そういうこと言うかな。

 天才は天災みたいなものだ。

 周りを巻き込んでボロボロにしてしまう。

 なまじ才能があったり、努力していたりすると気がついてしまうのだ。

 圧倒的な実力差を。

 例え、24時間ぶっ続けで努力しても同じ場所から景色を眺めることはできない。

 肩を並べるどころか同じステージに立つことすら許されないことを、俺は知っている。

「でも、私だって毎日何時間かは勉強していますよ」

「だったら、その努力の仕方が間違っているかもしれない。野球で毎日百回素振りをしてたとして、そのフォームが間違っていたらうまくならないよね? それと同じように、努力をしているからといって、それが実を結ぶとは限らない」

「じゃ、じゃあどうすればいいんですか? どうすれば、よくなりますか?」

 まあ、そうくるよな。

 だが、俺はこう答えるしかない。

「……それは分からない」

「そ、そんな」

 家庭教師をやっていると、よく聞かれる質問。

 どうすれば頭がよくなりますか?

 どうすれば成績がよくなりますか?

 これもかなり抽象的だ。

 せめて、どこどこのここが分からないと具体的に答えてくれれば答えようがあるのに。

「だって、人によって勉強方法は違うから。俺のやり方を教えても、それで生徒全員の成績が上がるとは限らない。人によって向き不向きがあるからね」

 万能の答えなんてない。

人それぞれ答えが違うのだから、試していくしかない。

「だから俺達家庭教師は色々な教育法を知っているんだ。生徒よりも何種類も勉強法を知って、それを試していく。どれが合っているのか、その生徒のことをよく考えて、その生徒だけの教育法をね」

「え? 私のことも良く考えてくれているんですか?」

「当たり前だよ。今は愛沢のことだけを考えている」

「あ、ありがとうございます……」

 顔を赤くしながら俯く。

 あれ?

 なんか変なこと言ったかな?

 それとも言い過ぎて怒っちゃったかな?

 でも、今は言わなくちゃいけない。

 かなり大事なところだから。


「努力は頑張ることじゃない。頑張る方法を模索することなんだ」


 頑張るだけなら、誰だってできる。

 大切なのは結果じゃない、過程だ。

「よく、私は徹夜しましたって自慢する人がいるけど、それは全然すごくないよね。途中で漫画読んでいたかもしれないし、勉強したけど、一問しか解いていませんとかだったら、ホントに意味がない。私は徹夜したんじゃなくて、徹夜してどこまで自分が学習したか。それを具体化できることが大切なんだ。何ページやったか。何問やって、こういう風に考えて、ここができて、ここができなかったか。それを言語化できなきゃ、それは努力したって言えないよ」

「そう、ですよね……。私、そういうこと全然やっていなかったですね……」

「大丈夫。これからやっていけばいいから。それに、才能がなくてもいいんだ。天才になれなくても、天才の真似をすることならできるよ」

「え?」

「頭がいい人の計算力の早さには、カラクリがある。速く問題を解いている人は、元々計算力のある人か、法則性に気がついた人だよ」

「法則性って何ですか?」

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