第43話 愛沢林檎の苦手科目は数学である(8)

「数学は知ってのとおり、問題の難易度が低い順に順番にでてくるよね?」

「そうですね。だから、順番の通りに解いていく。そして大体3問目、4問目が分からない場合は飛ばして、次の問題の1問目、2問目を解いていくっていう話ですか?」

「おっ、そうだね」

 感心してしまった。

 知識として知っている、知ってないは重要じゃない。

 自分から意見を出せるところに感心した。

「でも、問題なのは1問目を間違えた時。簡単な問題をつまずくと、2問目も3問目も間違えることになる。だいたい、1問目で求めた答えをそのまま2問目を使うことが多いからね。だから、大事なんだ。間違えないことが」

 1つでも間違えたら0点になってしまう可能性がある。

 最初の問いの答えを2問目、3問目で間違ったまま使ったら間違えたままだから。

 せっかく解き方は分かっているのに、数値が違うだけで全て間違いになってしまう。

それが数学の怖いところだ。

「数学はどれだけ頭いい人だってケアレスミスをしてしまうものだ。だからケアレスミスしないためにも、より簡単で確実な問題の解き方でやった方がミスは少なくなる。さっきのやり方みたいにね」

「でも、あのやり方だと時間がかかるから……」

「そうだね。時間が余った時にやればいい。どれだけ会心の出来だったとしても、時間制限まで何度でも解き直さなきゃだめだよ」

 テストの時に途中でシャーペンを置いて終わったり、途中退出したりする人がいる。

 だが、俺は絶対に最後の最後まで問題を解き直したりして時間を潰した方がいいと思う。

 何度も見直して絶対に間違えないと確信している時ならまだしも、一度も見直さずにテストを終えるのはありえない。

「それじゃあ、他に何か質問ある?」

「質問、ですか……」

「質問じゃなくてもいいよ。気になったことがあるんだったら相談でもいいけど?」

 躊躇っているってことは、何か言いにくいことかな?

「数学のモチベが上がらないんです」

「モチベ?」

 ああ、モチベーション。

 やる気のことか。

 一瞬分からなかったけど、モチベかー。

 想定していたよりもずっと難しい相談だったな。

「まあ、やる気が無くなることはあるけどね。やる気を出すためにはまず手を動かさないといけないね」

「手を?」

「うん。やる気でないなーぐでーってやってても、やる気スイッチはつかない。とにかく机に座ってシャーペンを動かす。問題を解く気がなくても、机の上に教科書ノート広げて、ずっと座っているだけでいい。勉強やるつもりがなくとも、それだけでモチベは上がるよ。嘘だと思ったら試してみればいい。やる気スイッチは」

「……でも、やっぱり、数学ってセンスじゃないですか?」

「え?」

 苦しみ喘ぐように、愛沢は悩みを吐露する。

「他の教科だったら努力のしようがありますよ? 暗記科目だってひたすら勉強するだけで覚えるんですから。でも、数学って才能ありきの教科じゃないですか。だから、どうしてもモチベが落ちちゃうときがあるんですよね」

「……そうだね、数学はセンスだね」

 そうか。

 思っていたよりも根は拭かないな。

 数学の苦手意識がこれほどあるとは思っていなかったな。

「数学はセンスだ。そう――感覚だよ。その感覚は後天的に身に着けることだってできる。だから才能じゃない」

 日本ではセンスと才能を一緒の意味で使うことが多いが、俺はそのままの意味で使いたい。

 センスとは感覚だ。

 数学に必要なのは感覚なんだ。

「俺は全教科の内、一番勉強したのは数学だ。数学をひたすら毎日やり続けた。だから答えが分かる。問題文を読んでいるだけで、答えが浮かび上がって見える」

 俺には国語が得意で数学が苦手な人の気持ちが分からない。

 だって、どっちも答えはすぐそこに書いてあるんだから。

 問題文を読めば即座に答えにたどり着くんだから。

 感覚的にはどっちも変わらない。

「……先生」

「どうした?」

 愛沢が何やら神妙な顔をしている。

 そうか。

 数学が何たるかを分かってくれたのかな?

「病院、行きましょうか」

「なんで!?」

「ちょっと変なものが見えるぐらい疲れているんですよ……。勉強のし過ぎです。いい病院知っていますから、行きましょうか」

「違う違う! おかしくないから! 俺は疲れてない!!」

「はいはい。疲れている人はみんなそういうんですよ。自分は疲れていないって。でも、自分の身体が分かるのは自分じゃなくて、他人の時だってあるんです。ね、だから安心して私に全てを委ねてください」

 たいへん魅力的な提案ではあるけど、なんか勘違いされてない!?

 生温かな瞳で俺を見るな!

 俺は正常だから!

「そういうことじゃないから! 俺だけじゃないって! 数学できる人はみんなそうなの! 問題を解く前から既に、答えが浮かび上がって見えるの!」

「……ほんとですか?」

 そうだよね?

 数学得意な人なら分かるよね?

 答えなんて問題が出た瞬間、ぽぽぽぽーんと出てくるもんだよね? ね?

「まあ、つまり、数学は条件反射で答えを導けるぐらいに、予習復習しないといけないってことだよ」

 愛沢は数学が苦手だから分からないんだ。

 このへんの感覚が。

 勉強していけばいずれ俺の言っていた感覚が分かるはずだ。

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