第41話 愛沢林檎の苦手科目は数学である(6)

「……俺が中学生の時、数学の授業の時別れていたんだけどさあ。その、頭がいい生徒を集めたクラスαと、あまり数学ができていないβクラスに。愛沢はどうだった?」

「え、そうですね。中学生の時は分かれていませんでしたね。今の高校では三つに分かれていますけど」

「三つ? そんなに? ああ、でもやっぱり学校によって違うのかな? まあ、とにかく別れてて、俺は数学が当時苦手だったから頭が悪いクラスにいたんだよね」

「へー、意外ですね」

「まあ、その後から数学大好きっ子になったんだけど、その当時は成績が悪かったんだよ。でも、βクラスの先生がすごく授業を丁寧にやってくれる先生でメキメキ数学が上達していって、しまいには100点とれるようになったんだよ。赤点ぐらいの点数だった俺が」

「すごいですね、それ」

「うん、だけどエリートのαクラスに移動してから成績が極端に下がって、またβになっっちゃったんだよね」

「え? どうしてですか!?」

 普通はそれからぐんぐん成績が上がるはずだけど、そうはならなかったんだよなあ。

「αクラスの先生が物凄い速度で授業をやるんだよ。しかも、問題もバンバン解かせる。説明も必要最低限。逆にβクラスの成績悪い組は、丁寧に丁寧に。応用問題をほとんど解かずに、基礎問題だけをひたすらやる。一問だけに三十分とかかけるような授業だったんだよね。みんなはαクラスについていけていたみたいだけど、俺は無理だったなあ」

 俺は学校の先生によって成績はかなり変動した。

 だから突出して何が得意か不得意かは厳密にいうとなかったなあ。

 その時その時。

 先生によって得意科目が変わっていった。

 だから教える側って責任重大なんだなってことは身に染みている。

「そうなんですか。だから、丁寧に授業をしてくれているんですか? 先生は」

「そうだね。別にαクラスみたいにひたすらつめこみ勉強も理にかなっていないわけじゃないんだよね。さっき愛沢は問題解けたよね?」

「はい」

「きっと、同じ問題をやったらまた解けると思うよ。だけどね、数字を変えた途端、もしかしたらできなくなっているかもしれない」

 暇な時に、問題文の数字を1だけ変えて勉強してみるといい。

 それだけで全くできなくなる時がある。

 それは理解できていない時だ。

「数学できたと思って、同じような問題ができない時ってちゃんと理解していないことが多いんだ。ただ答えを暗記しただけの状態だね」

「ありますね、そういうこと」

 そうだよなあ。

 暗記が得意な愛沢だからこそ、答えをすぐに暗記してしまうからそういう現象が起きてしまうかもしれない。

 他の暗記科目と数学の暗記は少し違う。

 単語や公式をそのまま記憶するのではなく、流れを記憶しなければならない。

 どういう風に解いていくのかを記憶するのは勝手が違って難しいのかもな。

「だから、数字を一つ変えただけの問題をやるだけでも全然違う。だから類似問題をひたすらやって理解力をガンガン上げていくのがαクラスの先生の思惑だったんだろうし、やっぱりαクラスの人達にはそれがはまっていて、みんな学力が高かった。質より量作戦だね。ただ俺には合わなかったってだけの話だね。話をすぐに聴いて理解できるような人ならいいんだけど、理解するまでが遅い人にはβの方が合っていたんだよね」

 αクラスに入ったら成績がガクンと下がるのは分かりきっていたから、試験の時にわざと手を抜いてやろうかと本気で迷っていたな。

 せめて自由意志でクラスを選べるようにやってくれていたら良かったのに。

 強制的にクラスを決められて、中学時代の数学の授業は辛かった。

「あっ、そうだ」

「どうしたんですか?」

「あの頃の出来事と少しリンクすることを教えておこうと思ってな。問題集は買っている?」

「いや、買っていないです。買った方がいいですか?」

「いいや、買わなくてもいいよ。数学の問題集は学校の教科書をやりこんでやることが無くなった人が買うようなものだからね。でも、一応どんな問題集を買った方がいいか教えておくね」

 俺は鞄から数学の問題集を取り出す。

 これを見せながらの方が分かりやすいだろう。

「数学の問題集を買う時は、まず一番最後のページを見ることかな。分厚い問題集だと、やる気が起きなくて買わない方がいいっていうのは有名な話だけど、それ以外にもデメリットがあるんだよね。分厚い問題集だと問題数が多くて、解説をいれる余裕がなくなることが多い。答えだけしか載っていない問題集を買っても意味ないんだよね、数学が苦手な人にとっては」

「――やっぱり、解説が多い方がいいんですか?」

「そうだね。数学を理解できている人だったら解説なしの問題集でもいいと思うけど、やっぱり苦手な人だったら解説多い方がいいよね」

「なるほど……」

 分からない時には学校の先生や家庭教師を頼ればいいけど、限界があるからな。

 分からない問題はすぐに分かった方がいい。

 やる気がある時に理解した方が絶対いいのだ。

 時間が経てばたつほどやる気が減って、先生に頼ることもしなくなる。

 だから、地力でできるように、解説が丁寧な問題集を買った方がいい。

 そのぐらいできて当たり前だから式は省きました、なんて問題集は腐るほどあるからなあ。

「……そういえば、数学の必勝法とかいうのはどうなったんですか!?」

「ああ、それね……」

 忘れてくれたかなって思っていたけど、忘れてくれてなかったみたいだなあ。

 あんまり教えたくないんだよなあ。

 あまりにも凄すぎて、別に出し渋っているわけじゃない。

 むしろその逆だからだ。

「先生、教えてください」

 うわー。

 瞳をきらきらさせながら聴いてくるんだけど。

 あんまり期待されると後が怖い。

 早口で説明してなんとか誤魔化そうかなー。

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