第30話 伊達竜子の苦手科目は家庭科である(5)

「……なんだかさ、北島って料理に関しては頑張って欲しくないみたいだね」

「え?」

 いきなり声色を変えて質問してきた。

「他の教科だったらさ、もっと頑張ってとか生徒にいうんじゃないの? なのに、何も私に相談せずに自分だけ頑張ろうとしてさ。そういうのって、私でもちょっと傷つくな……。私ってそんなに期待されてない?」

 竜子のこんな弱弱しい本音を聴いたのは初めてかもしれない。

 失礼ながら、鋼のメンタルを持って、ズカズカ他人の心に土足で足を踏み入れるような印象だった。自己中心が服を着て歩いているような人だと思っていた。

 もしかして、料理が下手なのは気にしていたのか?

 あれだけあっけらかんとしていて?

 なんとか自分の失敗を取り戻したいから、こうやってスーパーの買い出しについてきたのか?

 本当にどうでもいいのなら、家でテレビ見るなり、スマホでネットサーフィンするなり、いくらでも時間つぶしできたはずだ。

 それでもここまで来たってことは、本気で料理したいってことなのか。

 だけど、今のままじゃ俺が指導したところでよくなるとは思えない。

「いや、それは、だって、竜子って人の話聴かないだろ? だったら、俺がやってもいいかなって」

 言われてみて気がついた。

 そうだな。

 いつもだったらもっと頑張って欲しいから、色々とアドバイスをする。

 でも、竜子の場合はシャットダウンしていた。

 無意識にやっていたな。

 休日で家庭教師オフモードだったから?

 それだったら、頼まれたからといって、コウにもあんなに懇切丁寧に体育を教えるか?

 料理を教えて欲しいって竜子がいうなら、俺だって教えたい。

 期待ができるのなら、期待したい。

 竜子とはいとこ同士だし、幼なじみでもあるんだから。

「……じゃあ、話を聴くよ。そして、やらせて? 私主導じゃだめなら、手伝うから。私だって料理ができれば、北島の好感度だって上がるでしょ?」

「まあ、それは、まあ、少しは」

 元々が大分マイナスだったんで、プラスにはならずにゼロになるだけな気がするけど。

「じゃあ、お嫁さんにしてくれる!?」

「しません」

「ちぇ。なーんだ、残念」

 好きでも嫌いでもなかったんじゃないんですかねえ。

 軽口を叩いたおかげで、打ち解けた気がする。

 久しぶりだ。

 こんな気分で竜子と話せたのは。

 そういえば、昔はそんなに壁なかったんだよな。

 親戚の家で、いつも遊んでいた気がする。

 年齢を重ねるうちに、どこか遠慮するようになって話さなくなった。

 でも、話すようになったら、なんであんなに苦手だったのか思い出せなくなってきた。

「それじゃあ、相談するけど、竜子が作ったあの料理どうする?」

 当たり前だが、全て喰いきれていない。

 余ったやつは、タッパーに入れて冷蔵庫の中に入れている。

「ああ、あのまずいやつね」

「まずいっていう自覚はあったのか?」

「いやだなー。食べれば私だってまずいかどうか分かるってぇ」

「途中で味見してくれませんか?」

 味見も料理の内だから。

 濃い味付けになっても、水洗いしてまた一から調理したら意外に食べられるようになったりするから。

「あの料理はそのまま捨てることもできるけど、もったいないから再利用したいんだけど」

「再利用できればした方がいいと思うけど、具体的にどうするの?」

 焦げた部分はつかえないけど、それ以外だったらいくらでも再利用できる。

 固くなっている米や、水分が抜けきった野菜炒め。

 それらを再利用しつつ、美味しい料理が作りたい。

 なおかつ、竜子みたいな料理が下手な人間でもすぐに作れる料理といえば。

「中華料理を作りたい」

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