第29話 伊達竜子の苦手科目は家庭科である(4)

 三島のお母さんが、エコバックを片手に買い物をしている。

 だが、幸いなことに、まだ見つかっていない。

 こっちが一方的に目撃しただけだ。

 サッ、と身を翻して、柱の後ろに隠れる。

「なんでこんなところに……」

 近くに段ボールがあれば、ゲームみたいに隠れるところだ。

 都合よくそんなものが転がっているわけもなく、俺は気配を殺す。

 絶対見つかってはいけない。

 見つかった瞬間、捕食される。

 獰猛な肉食獣だ、あの人は。

「なにやっているの? いきなり。もしかして、あの美人な奥さんと知り合いなの?」

「頼むから黙っていてくれ!」

 空気読めない系女子の竜子の口を封じて黙らせる。

 おっ、なんか。

 思ったよりも柔らかいな、唇。

 そういうところは、女子だな。

「ん?」

 やっ、やばい。

 三島のお母さんがこっちを見た。

 まずいな。

 やりとりの音が大きかったか?

 それとも、視界の隅に俺の姿が見えてしまったのか?

「――今、先生の匂いがした」

 人間やめてるだろうがあああ。

 匂いってなんだ、匂いって。

 嗅覚が最早人間の域を超えている。

「先生、もしかして近くにいますかー。もし、隠れているのがあとで発覚した場合、強制的に夫が出張中の日に、私の家に泊まってもらいますよー」

 恐すぎぃ!

 自宅に監禁されるということは、三島のお母さんだけではなく、三島もセットでついてくるということ。

 理性が夜まで持つ保証なんてどこにもない!!

「……どういうこと? あの人とどういう関係?」

「頼む、頼むから黙っていてくれ!」

 能天気に話しかけてくる竜子に、長々と説明している時間はない。

 察してくれ。

 というか時間があっても、説明できる気がしない。

 家庭教師している生徒のお母さんがに襲われそうだ! なんて言っても、頭の心配されるだけな気がする。

「見つかったらヤバイ系なんだ?」

「そうだよ! あの人はやると言ったらやる人間なんだ!」

「あっそう、だったら――」

 ギュッと抱きしめられる。

「お、おい!」

 そのまま押し倒すように、柱の角に追いやられる。

 中腰になった俺の顔面に、胸を押し付ける。

 肉食獣から姿を隠すためにとはいえ、密着しすぎじゃないのか。

 ふかふかのベッドで眠るよりも気持ちいいけれど!

 だけど、これじゃあ、痴女と変態男のカップルの異常なイチャイチャだと思われないか!? 見つかった時の社会的被害が甚大になるんだがっ!!

「どこに……?」

 俺の居場所が分からないのか、キョロキョロと周りを見て三島のお母さんは去っていく。

 そうか。

 相手が匂いで追ってきたから、わざと竜子が俺とくっついて匂いが漏れないようにしたのか。

 そこまで考えての密着、流石に年上だけあって機転がすごいな。

 伊達に歳は重ねていない。

 これが年の功か。

「ぷはっ」

 呼吸できなかった。

 胸に挟まれていたからな!

「行ったみたいだね……」

「あ、ああ」

 女の胸に埋もれていたから恥ずかしさMAXなんだけど、竜子は平然としている。

 やっぱり、こいつにとっては、俺なんてどうでもいい存在なんだろうな。

「良かった! ようやく私も北島の役に立てたみたいだね」

「え?」

「だって、北島、私のこと――嫌いでしょ?」

「いや、そんなことは……」

 あるけれど、あるとは言えない。

「北島には好きになってもらいたいからさ、少しぐらいは役に立ちたかったんだ……」

 んん?

 この言い方って、もしかしてなくても、そういうことか?

 竜子が俺のことを好きってことか?

 ロマンもへったくりもないスーパーで、告白しちゃうとかそういう展開か?

「あっ、私は別にロリコンの北島のこと好きなわけじゃないよ」

「俺はロリコンじゃないから!」

 条件反射で突っ込みいれるぐらい、ロリコン呼ばわれ過敏になってきたな!

 というか、あっ、好きじゃないんですね。

 相手は竜子なのに、振られたような気分なんですけど。

「たださ、嫌われたままじゃ嫌だなって。いとこだし、正月とかは絶対会うからさ」

「……無理して仲良くなっても辛くないか?」

「好きでもないけど、嫌いでもない。無理なんてしてないよ。北島が嫌っていうなら、私も退くけどね……」

「俺は……別に、いいけどさ。そこまで嫌いじゃないし……」

「嫌いなのは認めるんだ」

「あっ」

 やばい。

 本音がついポロッと出てしまった。

 いや、嫌いじゃないよ。

 嫌いじゃないけど、苦手って感じなだけだから。

 連絡来てもスルーしちゃうぐらいだから。

「あはは。まっ、いいよ。好意の対義語は無関心っていうしね。そんなに気にしないって!」

「い、いやー……」

 なんて言ってやればいいのか分からない。 

 ひたすら気まずい。

 これだったら、三島のお母さんがいてくれた方が良かったかもしれない。

 そうしたらこんなシリアスな空気ぶち壊しくれただろう。

 さて、どうしようか。

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