第26話 伊達竜子の苦手科目は家庭科である(1)

 北島大助の朝は遅い。

 大学四年生であり、真面目に講義を受けてきた俺は大学に行く必要性がほとんどない。

 卒業に必要最低限の単位は、三年生の段階で既にとっている。

 あとは資格のために必要な講義とか、卒論のためのゼミとかぐらいでしか、大学へ行く用事はない。

 だから、普段は遅起きの生活を送っている。

 目蓋を抉じ開けると、窓から差し込んだ日光が当たって眩しい。

 いつもならば、微妙に空いたカーテンを閉めて二度寝をするのだがそうも言っていられない。

 起床しなければならない事情がある。

 それは、親の代わりに飯を作ること。

 両親が旅行に行っているので、俺が作るしかない。

 親はいとこを置いていき、これで安心とばかりに飛行機に搭乗したが、それは間違っている。

 あの人は、まともに家事なんてできない。

 そのくせ、自分はできると思い込んでいるから率先してやろうとする。

 そういうタチの悪さがあるので、俺が先んじて家事をやらなければならないのだ。

「ん?」

 手に何かが触った感触があった。

 柔らかい。

 俺は抱き枕を使わない主義だし、どこか感触が違う。

 揉み応えがある。

 例えるなら肉まんみたいな障り心地だった。

「あっ――んっ」

 ん?

 女の声が聴こえる。

 待て、待て、待て。

 まさか――。

「うわあああああああああっ!!」

 飛び起きる。

 夢じゃない。

 何故か俺は女と同衾していた。

 え? 

 俺って、大人の階段何段飛ばしで登っちゃったの?

 お酒飲んでないよな、昨日?

 普通に家に帰って、普通に寝たはずだ。

 女を連れ込んだ記憶なんてない。

 そもそも連れ込んだら、妹やいとこにバレるはずだ。

 誰だこいつ?

 俺はバッ、と掛布団を取っ払って闖入者のご尊顔を拝む。

「な、なんでここにいるんだよっ!!」

 俺と一緒のベッドに寝ていた奴は、知り合いだった。

 いとこの伊達竜子。

 ボサボサの髪の毛は、鱗のように逆立っている。

 ガサツな性格であり、何をするにしても適当。

 自己管理能力に乏しく、年上とは思えない頼りのなさ。

 こいつには、こいつで違う部屋をあてがったはずだ。

 何がどうなって一緒の布団に寝ていたんだ。

 ふわあ、と欠伸をかく。

「朝からうるさいなー。少しは落ち着いてくんないかな? 眠れないんですけどー」

「誰のせいでこんな興奮していると思ってんだ!! なんで、俺のベッドで寝てんの?」

「……ありゃりゃ、本当だ。あー。夜にトイレ行って帰る時に寝るところ間違えたのかー。寝ぼけてたからかもなー。やー、ごめん、ごめん」

「こ、こいつ……」

 口では謝りながらも、悪びれた様子が一切ない。

 なんで親は竜子を保護者代わりに選んだんだ。

 別に妹と二人で大丈夫だし、こいつの代わりならいくらでもいただろ。

「――って、なんでその格好なんだよ!! 服は!?」

 竜子は、燃え上がるような色をしたランジェリーを着ていた。

 せめて何か上に羽織って欲しいんだが、本人は特別、恥ずかしいという感情はなさそうだった。

「ああ、服を洗濯するの忘れてて、着替える服なかったんだよねー。まあ、下着姿でも別にいいかなって」

「よくないだろ!! だから洗濯物隠さずに出せって言っただろ! 洗濯しないのはいいけど、せめて洗濯物は出してくれよ! こんなところコウに見られたら――」

 殺気を感じた俺は口を噤む。


「見られたら、どうなるの?」


 音もなく部屋にいたのは、妹のコウだった。

 いつからそこにいたのか。

 もしかして、全部見られていた?

 最近、せっかく昔みたいに仲良くなれたのに。

 昨日だってコウが冗談で一緒にお風呂入る? とか訊いてきてくれたのに。

 ちゃんと断ったらガチでへこんだ真似までしてくれるぐらいの冗談を見せてくれたのに。

 ここで勘違いさせたら全てが水泡に帰す。

「コ、コウ。こ、これは違うから、別に何もやましいことはしていないから」

 しどろもどろになりながらも、身の潔白を証明するために尽力する。

「へええ。お兄ちゃんにそんな甲斐性があるなんてねー」

「だから違うって言ってるだろ!! 何もしていないから! 一緒のベッドに寝てただけだから!」

「うん、そうそう。別に北島が私にやったことって、胸を揉みしだいただけだから、ぜんぜん、まったく、問題ないよねー。ははは」

「えっ? 起きてたのか!?」

「起きてたんじゃなくて、あれで起きたの。……ったく、責任とれよな」

「お前、誤解させるようにわざと言ってるだろ!!」

 コウはブルブル震えると、大声で叫ぶ。


「おにいちゃんのバカアアアア――――――!!」



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