第24話 秋月カレンの苦手科目は英語である(8)

 ぬいぐるみの片づけが終わって、勉強に戻る。

 黙々とカレンちゃんが勉強をする。

 静かだ。

 俺が受け持つ生徒の中でやっぱり、一番静かだ。

 生徒が解いている間、手持無沙汰になるのだが、他の先生はどうしているんだろう。

 他の生徒なら少し話しながらもやっていくのだが、カレンちゃんは真面目にやっている。

 それがいいところでもあり、欠点でもある。

 分からないことがあっても、カレンちゃんはすぐに訊けない。

 会話中なら問題ないんだけど、一端勉強をして静かになってから口を開けるのが億劫なのだろう。

 今もそうだ。

 分からないところがあって、おろおろしているのが見て取れるけど助けを呼ぼうとしない。

 学校ならばその場の空気もあって、先生に質問があっても質問できないかもしれない。

 でも、家庭教師なら逆にもっと質問しないと損なんだけどね。

「どうしたの?」

「ふぇ!」

 めちゃくちゃ驚いている。

 後ろから声をかけたとはいえ、俺がいるのは分かっているだろうに。

「あの、単語が分からないだけです。どうしようかなと」

「分からなくてもいいんだよ。テストじゃないんだから、今は辞書を使おうか」

「は……はい……」

 カレンちゃんは、学校指定の鞄から電子辞書を取り出す。

 あれ?

 今って電子辞書使用ありなのかな?

 電卓と一緒で俺の時代だと、学校では電子辞書使用禁止だったんだけどな。

「あー、辞書を使うんだったら、電子辞書よりも紙の辞典を使った方がいいかな。持っているよね?」

「ありますけど……」

 電子辞書の方が便利で早いのに、とでも言いたげだな。

 まあ、確かに効率は悪いけど、悪いからこそ必要なことだってある。

 スマホやパソコンを多用するようになってから、漢字を忘れてしまうことが多くなったけど、それと同じことが電子辞書でもいえるのだ。

「俺も中学高校時代は電子書籍使っていたけど、全然勉強にならないんだよね。便利すぎて単語を覚えない。その場限りの記憶しか残らない。だけど、紙の辞典だったらひと手間かかるから脳に残りやすいんだよ」

 電子辞書だったら何度でも調べられる。

 だって、すぐに検索できるから。

 でも、紙の辞書は最初のスペルがこれで、次のスペルがこれだから、と手間がかかる。

 だが、その手間がかかって面倒だから、脳みそが記憶しようとする。

「だから、時間がある時は絶対に紙の辞典を使った方がいい。でもね、逆にテスト直前で単語の意味が分からなかったら、電子辞書を使った方がいい。そっちの方が早く答えを知れるからね」

 ようはどっちが悪いとかではなく、使いようということだ。

「あと、辞書で俺がよくやったのは、印をつけることかな」

「印?」

「分からなかった単語の横に白い○を書く。そして、また同じ単語を調べたら●をつける。そして、また分からなくて調べた単語には★をつける。そして、★をつけた単語には、別のノートにつける。そしたら、自分だけの英単語帳が作れる。時間がある時に、それを復習すればいいよ」

 何度も同じ単語を調べるってことは、それを覚えるのが苦手ってこと。

 その苦手科目をリストアップすることによって、自分専用の単語帳が作れる。

 忘れやすい単語をテスト前なんかにざっと見直すだけで、かなり点数が安定するはずだ。

 こういうのは、電子辞書では難しい。

「……それって、単語カードじゃだめですか? あの小さい紙にリングがついているやつです」

「ああ、あれかー」

 まあ、ノートに描くぐらいだったら、単語カードに書いてもいいんじゃない? っていう発想は当然かもな。

 紙にリングをつけてパラパラするだけで、問題の答え合わせができるっていうあれは、まあ、俺も中学高校時代にはお世話になったものだ。

 でも、今なら自分のしていることが、間違っていたと気がつく。

「間違った勉強方法で有名なことってあるよね? 蛍光ペンを使う、徹夜をするとかね。でも、俺はその中でも一番やっちゃいけないことに、単語カード制作があると思う」

「えっ、そうなんですか?」

「そうそう」

 他の間違った勉強方法は有名すぎるから、説明は割愛しておこう。

 蛍光ペンを使って重要なところをピックアップしても、単語を覚えることしかできない。例えば歴史の問題で単語は覚えていても、どんな出来事なのか内容を覚えていないから越えられないみたいな経験をしたことがあると思う。

 それは、ただ蛍光ペンを引いて満足している人に多いはずだ。

 蛍光ペンでカラフルに教科者を彩るよりか、先生の小話を真っ黒いシャーペンで書いて、板書しないような出来事の詳しい説明を書いた方がよっぽど見返した時にためになる。

 徹夜は、寝ないことが悪い。

 人間の記憶力は曖昧なものですぐ忘れる。

 だけど、寝ることによって人は記憶を保持できる。

 記憶のトリガーを自ら放棄するのは最低の行為だし、徹夜している間人間の脳みぞなんて回っていないからまあまあ無駄だ。テスト直前の一夜漬けならまだ効果はあるけど。

 とか、そういうのはみんな知っていることだと思う。

 問題なのは、単語カードの存在だ。

「あれは勉強した気にはなるよ。なるけどねー。……まず作るのに凄い時間かかる」

 単語カードの表に単語を書いて、裏に意味を書く。

 それを何百個と書いていくのだ。

 その手間暇があったら、ノートにひたすら書いて覚えていった方がいい。

 覚えづらい英単語の数が少ないなら話は変わってくるが。

「高校の時にオリジナルの英単語カード五時間かけても完成しなかったね。しかも、やっと完成しても、反復練習すると順番覚えるから意味ないんだよ」

 参考書で赤シートを使って勉強するやつがあるけど、あれも同じだ。

 穴埋め問題でやっていうちは、俺は勉強できている! って気がしてくるものだ。

 ただ見ているだけで、どんどん問題ができていって頭がよくなっている感覚があるからゲームのRPGでレベル上げしているみたいで楽しい。

 だけど、全然身についてなかったりする。

 覚えているのは次にどの単語が入っているかだけであって、ちょっと違う文章で問題を主題されると分からなくなる。

 だから、英単語カード制作するのは、俺的にはお勧めしない。

「いや、だったらシャッフルすればいいじゃないですか? そのためにあれってリング付きなんですよね?」

「いや、シャッフルしても覚える。微妙にシワとかよっているから、その紙の質感から次の単語が分かるんだよね」

「それ逆に凄くないですか!?」

 そうかな。

 やっていくうちに折れ目なんかついたりすると、目印になるんだよなあ、あれ。

 だから、俺は英単語カードなんて使わない。

「とりあえず、意味は分かった?」

「ああ、はい……」

 脱線してしまったせいで、何をやっていたのかちょっと忘れかけていた。

 だが、分からない英単語は分かったようだ。

 カレンちゃんはしっかりと印を残して、そして次の問題に取りかかっていく。

 いい集中力で、そこから先は、あまりシャーペンを止めずに勉強できた。

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