第22話 秋月カレンの苦手科目は英語である(6)

「え? 芋?」

 どうやらカレンちゃんは聴いたことがないようだ。

 結構有名だと思っていたけど。

「掘った芋いじるなっていうのは、有名な空耳なんだよ。アメリカの人が聞くと『What time is it now?』(今何時ですか?)って聴こえるらしい」

「ええ、そうですか?」

「英語は日本語みたいにベタついていないんだよな。単語を繋げる時は、最後まで発音しないことが多い。だから聞き間違いが起こる。他にも有名なやつがあって、知らんぷりの空耳が『Sit down please.』(座ってください)とかね」

「そ、そうですね……」

 ……おう。

 なんだか微妙な反応。

 信じてくれてないのかな?

 大学にいる留学生に、俺が実際に言ったら勘違いしてくれたんだけどね。

「じゃ、じゃあ、空耳じゃないけど、他に語呂合わせ的なやつを言っていくよ」

 覚えやすい奴って何があるかな?

 とりあえず、カレンちゃんは中学生だし簡単なところから。

「ブ――」

 Busと書いてバスと言おうと思ったけど、カレンちゃんは女子だからな。

 この単語は失礼すぎる。

 他のやつを言って上げよう。

「フ――」

 Friendは友達という意味で、読み方はフレンド。

 誰もが知っている単語だろうが、Frendと書き間違いすることがある。

 だから、友達のフリ(fri)は終わり(end)の前兆だよ! って覚え方を俺はしていたけど、これもなんか失礼な気がする。

 あれ?

 俺の英単語の覚え方って異端なのか?

 他に、他に憶えやすい英単語――うーん、思いつかないっ! 思いつくけど、まともなやつが思いつかない!

「どうしました?」

 あああ。

 カレンちゃんも心配そうな顔をしている。

 でも英単語は思いつかない。

 英単語は思いつかない――が――。

「あっ、そうだ! I stillを十回言ってみて」

「アイ、スティルですか?」

「うん、そう!」

「は、はい、それじゃあ――」

 当惑しながらも、カレンちゃんは十回、アイスティルと繰り返して言ってくれた。

「これって、愛しているって聴こえない?」

「ま、まあ、さっきのよく分からない語呂合わせよりかはましですかね?」

 うん、言い方にちょっと棘がある気がするけど、好感触だ!

「I still~の意味は『私はまだ~』って意味で、その後に愛しているってつけると、私はまだ愛しているってなるだろ? これだったら覚えやすくない?」

「I still……I stillか……。英語だったらもしかして、私でもいえる?」

「? どうしたの?」

「い、いえなんでもないですっ!」

「?」

 なんだろう。

 何やらブツブツ言っていたけど、何かひっかかるところあったのかな?

 まあ、いいか。

「掘った芋いじるな、のいいところは、もちろん語呂合わせ的な意味で覚えやすいけど、最初に疑問文で使うWhatがきて、その後、時間のtimeからit とisが反対にきて、最後に今のnowが来るっていうのを覚えれば、順番を覚えることができる。英語の書き順が分かれば、ミスも少なくなる」

 あと、分かりづらいだろうから補足していこうかな。

「それから、英文法の語順はSVOCの語順で、基本的にはこれだけを覚えればいい」

 ノートにさらさらと次のことを書いていく。

S 主語 Subject

V 動詞 Verb

O 目的語 Object

C  補語 Complement

「これを簡単に表した文章がこれね」

 書いたのは、


I can speak English.(私は英語が話せます)


 どれだけ英語苦手な人でも分かる文章だ。

「何が主語で、何が動詞なのかが分かってくると、後が本当に楽になるからね。リスニングと同じぐらい重要なことだから、これも毎回やっていこうか!」

「む、難しいんですけど……」

 うーん。

 苦手意識がどうにも拭いきれないな。

 自分が受け持っている生徒の中でも、トップクラスの自己否定する生徒だからな。

 どれだけできるできると根性論を説いても、こういうタイプには馬耳東風。

 だったら、ちょっと変化球を投げてみようか。

「……それじゃあ、問題です。古文には活用形があるます。それは未然――」

「未然連用終止連体已然命令ですね」

 喰い気味にきたな。

 やっぱり、自分の得意分野だと自信を持って発言できるんだな。

「それじゃあ活用形の中でも変則的な活用の仕方をするカ行――」

「カ行変格活用ですね。こ、き、く、くる、くれ、こよ。あと、終止形で『こ』もありましたよね?」

「おおっ! それだけ分かれば英語も楽ちんだって!」

「いいや、英語はちょっと……。絶対英語の方が難しいですよ……」

「いや、絶対英語の方が覚えづらいから!」

 日本語の方が言葉の活用とか種類は多いはずだ。

 スラングの流行り廃りだって早いし、外人さんはかなり苦労しているはず。

 英語とか、原型、過去形、過去分詞覚えるだけでいいじゃん!

 切るという意味のcutとか、原型過去形過去分詞、全部cutで覚えやすくない!?

 しかし。

 さっきよりかは表情がほぐれてきたな。

 これで英語の苦手意識をなくしてくれると嬉しいんだけど――またもやカレンちゃんの顔が曇る。

「本当に間に合うんですかね……」

 心の底からの言葉に聴こえた。

 ああ、そうか。

 やっぱり、受験が不安なのか。

 絶対に受かるよ、なんて無責任なことは言えないけど、不安を和らげることなら言える気がする。

「まあ、それはカレンちゃん次第だよ。でも、英語が苦手なのはある意味ラッキーなんだ。国語や数学よりかは、英語の点数の方が、俺は上げやすいと思っている」

「どうしてですか?」

「英語の一番の利点は、勉強時間の確保がしやすいってところだからだよ」

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