第21話 秋月カレンの苦手科目は英語である(5)

「他に何か言いたいことある?」

 カレンちゃんがもじもじしている。

 なにやらまだ言いたいことがあるようだ。

「えっ、あの、でも、授業が……」

「大丈夫。喋ってばかりで授業がちゃんとできなくても、カレンちゃんが誰かにチクらなければいいんだから。喋ったらカレンちゃんの家庭教師クビになっちゃうかも」

 冗談めかして言ったのだが、カレンちゃんは本気で捉えたようだ。


「嫌です!」


 耳がキーンと鳴っている。

 部屋の外まで響いたはずだ。

「声、でかいって」

「あっ、すいません。その、つい……。声を出すの慣れていないので……」

 迷っているようだったが、カレンちゃんはおずおずと話題を切り出す。

「……あの、こういう授業をやっていていいんですか? なんだかペースを私に合わせてくれているみたいで、ちょっと申し訳なくて……」

「学校とは違う?」

「はい……。ちょっと心配になって……」

 脱線ばかりしているのが心配のようだ。

「いいんだよ。学校ではしっかりみんな同じペースでやらないといけないよね? でも、家庭教師はカレンちゃんのためだけの授業なんだ。不特定多数の人に合わせるんじゃなくて、カレンちゃんのペースでいいんだ」

「私だけのための授業……」

 理解が速い人には速く授業を進め、遅い人には遅く教える。

 日本の学校には飛び級制度なんてないけど、生徒の理解力が良ければ数年後の授業内容だって教えられる。

 それが家庭教師のいいところかな。

 別に、遅いのが悪いって言うわけでもない。

 遅いからこそ、じっくり覚えこむことができる。

 人間の記憶力は曖昧なもので、一日で半分以上の出来事を忘れてしまうらしい。

 折れ線グラフで描くと、ガクッといきなり下がってしまう。

 だが、反復することによって、その線の下がり方は穏やかになる。

 持続的な記憶は頭に残りやすいのだ。

 逆に急速に頭に入れたものは、忘れやすいということ。

 どっちもどっち。

 一長一短だが、カレンちゃんは遅い方だろう。

 三年生だけどまだまだ間に合う。

 じっくりやっていこう。

 急がば回れというけれど、ここで焦っていてもドツボにはまるだけだ。

「なら、質問なんですけど、私分からないんです」

「なにが?」

「分からないことが分からないんですよ」

「んん?」

 どういうこと?

「なにもできなさすぎて分からないって言うか、何を質問していいのかも分からなくて……」

 まあ、分かる。

 あまりにも理解度が低すぎて、どこから手を付けていいか分からない。

 先生に質問しようにも、自分が何が分からないのかさえ自覚できていないっていうやつか。

 困ったなあ。

 分からない箇所が把握できていない人には、何も教えてやれないんだけど。

 探ってみるか。

「単語が分からない? それとも文章?」

「文章、問題とかが分からないです。そのやっぱり、英語って順序が違うじゃないですか」

「順序?」

「最初に主語で、その後すぐに述語がきて、その後に目的語とかがくるから、それで、多分、よく分からなくなってくるんですよね……」

「ああ、なるほどね!」

 良かった。

 思ったよりもすぐに理解が低い箇所が分かった。

 しかも、対処は簡単なやつだ。


 I am a student.(私は です 学生)を日本語の並びにすると,

 I a student am.(私は 学生 です)になるみたいな感じか。


 その順序の違いでごっちゃになるってことか。

 分かりやすい混乱の仕方だな。

「それだったら、まずこれを覚えて欲しいな」

 コホン、と喉の調子を確かめて発音する。

 英語じゃなく、ただの日本語を。

「掘った芋いじるな」

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