第18話 秋月カレンの苦手科目は英語である(2)
「もう、いいですよ……」
「はい。それでは失礼します」
恐る恐るカレンちゃんの部屋のドアノブを開ける。
汗だらけだったカレンちゃんは、体操服から部屋着に着替えていた。
さっきまでここでカレンちゃんが着替えていたのを想像すると、なんだかそわそわしてしまうな。
カレンちゃんは兎の耳がついているパーカーを着ていて、とても似合っていて可愛らしい。
勉強するような恰好じゃなく、今すぐ寝てしまいそうだがきっと他意はないのだろう。
格好だけでなく、部屋の中もメルヘンチックだった。
ぬいぐるみが山ほどあって、カーテンや抱き枕などピンク色で揃えられている。
部屋一つとっても生徒個人個人でこんなにも違うから、面白いよなあ。
カレンちゃんの人となりが見える。
「ランニング終わりに勉強して大丈夫?」
というか、なんでそもそも今日家庭教師として俺が来ると分かっているのに、ランニングなんかしていたんだろう。
「あ、はい、いや、その、姉に無理やり……。言わされたし……」
「え?」
どういうこと?
怪訝な顔をした俺が怒っていると勘違いしたのか、カレンちゃんは慌てて説明する。
「だから、その、無理やり、掛け声とか出した方がいいって。嫌だったんですけど、大声出さないとだめだって」
「ああ、そういうことねー。あれだよね、マラソンの時に、1、2、とか無理やり掛け声言わされて大変だったってこと?」
コクン、と頷かれる。
うーん。
ヒントの少ないクイズかな?
ちょっと難解すぎるんだよなあ。
やっぱりなあ。
カレンちゃんって、ガッチガチのコミュ障なんだよなあ。
得意科目は数学や理科などの理系科目で、計算の早さだけで言えば大学生の俺よりも上。
だけど、答えが分かったとしてもそれを口にできない。
筆記なら誰よりも早く答えられるのに。
話ができないってことは、英語の強化にとっては致命的だ。
勉強しなくてもいいのなら切り捨てた方がいいほどに。
だけど。
受験を考えるとなると、ほとんどの高校で必須科目となるのが、国語英語数学だろう。
あとは、小論文と面接とかもあるだろうが、理系に進むにしろ英語は絶対に必要になってくる。
やるしかないんだよな。
「それじゃあ、とりあえずリスニングしようか?」
「はい」
毎回の流れなので、最初は英語のリスニングをしてもらう。
ウォーミングアップで、十分程度で終わるようなものだ。
リスニング終わると、解答用紙に丸を付けていく。
前回よりかは点数が上がっている。
ぬか喜びはしたくはないが、着実に聞く力が向上しているようで嬉しい。
手持無沙汰になったカレンちゃんが声をかけてくる。
「あの、なんでですか?」
「ん、何が?」
「リスニングです。どうしてリスニング毎回やるのかなって」
「ああ。確かに学校だとリスニングあんまりしないかもね」
俺が中学生の頃は、一ヶ月に一回あればいい方ぐらいの頻度だったかな。
一年生の時とかは、教科書を読み上げるCDを流されていたけれど、まだ一年近く時間があるとはいえ三年になってくるとリスニングの機会が減っているかもしれない。
先生によっては受験で必ず出てくるのでやる人もいるだろうが、カレンちゃんの担任はリスニングを重要視していないようだ。
家庭教師の人でもリスニング練習を行わない人が多い。
だが、俺の英語指導では、リスニングは絶対にはずせない。
それほどまでに大事なことなんだ。
「カレンちゃん、テストで最も簡単な問題って何だと思う?」
「それは、その、テストによるんじゃないんですか?」
「うん、そうだね。でも、どんなテストでも簡単だっていえるところがある。それは、一番最初の問題だね」
「それは、そうですね。数学とかだって一問目が簡単にできていますし」
「そう。サービス問題っていうやつ。現代文だと最初に漢字の読み書きがあるように、英語も最初はサービスなんだよ」
試験によっては最後のリスニングが設けられている時もあるが、入試等の試験ではだいたい最初の問題はリスニングだ。
「リスニングってみんなが思っているよりかなり重要なんだよ。最低でも一週間に一回はリスニング問題はやった方がいい。何故なら、リスニング問題ってすごく簡単だから。それに、英語のリスニングをやるだけで、英語の力は身につくんだよ」
「そう……ですか……」
懐疑的な目つきをしてくる。
まあ、カレンちゃんリスニング嫌いそうだもんな。
ちょっと順序立ててリスニングの大切さを教えてあげようか。
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