第13話 北島幸の苦手科目は体育である(7)

 日を改めての指導。

 遊び目的のナイトプール等では、他の人に迷惑がかかる。

 なので、プールのあるスポーツクラブまできた。

 プールは二種類あって、ガチ勢とエンジョイ勢で別れていたがもちろん、俺達はエンジョイ勢のプールを選んだ。

 ガチ勢のところはひたすら泳いでいた。

 話さずに、ただ淡々と。

 逆にこっちのエンジョイ勢のプールは、喋りまくっていた。

 おばちゃんが多くて、ガヤガヤ騒ぎながら泳がずに歩いていた。

 完全にダイエット目的できているな。

「それで、どうだった?」

「どうだった、か……。ま、まあまあかな?」

 コウがどれだけ泳げるか見ていたのだが、結論から言うと落第点。

 泳ぐというより、溺れていた。

 下手だとは聴いていたけど、まさかここまでとは。

 水泳には四つの泳法がある。

 自由形(クロール、フリー)。

 平泳ぎ(ブレスト)。

 背泳ぎ(バック)。

 バタフライ(バッタ、バタ)。

 中学生がするのは、自由形の平泳ぎだけらしい。

 剣道で突きを教えないとの同じように、背泳ぎとバタフライはまだ早いらしい。

 つまり、クロールと平泳ぎだけを教えればいいのだが、どっちも水底へ沈没しそうだった。まず、浮くことから教えてあげなければならない。

「そもそも泳げないのに、なんでタッチターンじゃなくて、クイックターンしたんだ?」

「だって、そっちの方が泳ぎ上手な人っぽいしっ!!」

「いや、無理しないでいいからな」

 両手でタッチしてターンすればいいのに、水の中に潜って一回転するクイックターンなんか素人ができなくてもいい。

 中学生ぐらいなら、大会でもクイックターンが苦手な人はクロールであろうともタッチターンする水泳部の人だっているらしいしな。

 それなのに、コウは落ち込んでいた。

「私、水泳向いていないのかな? ターンの時、水が鼻に入って苦しいだけだったし……」

「いや、誰だって鼻に水入るからな、クイックターンは。だからみんな水中にいる時は、鼻からボコボコと空気だすんだよ。そうしたら鼻に水が入らないから」

「えっ、そうなの?」

「そう。だから、この程度で自分が向いているか、向いていないかなんて決めつけないようにな」

 家庭教師をやっていると、生徒がよく自分には向いていないと弱音を吐くことがある。

 でも、そういう子に限って、俺がコツを教えるとどんどん上達する。

 むしろ、俺よりもずっと速い速度で。

 上達の仕方を知らないだけなんだ。

 俺が教えて、どんどんよくなっていく生徒を見ると俺は誇りに思うし、楽しい。

 オフの日だっていうのに、こうやって教えることができて本当に良かった。

「それじゃあ、とりあえず蹴伸びしてみようか」

「えっ、なんで?」

「いいから、いいから」

 コウは俺の言うとおり蹴伸びをしてくれた。

 蹴伸びは泳ぐ以前のものだが、だからこそ問題点が浮き彫りになる。

「ぷはっ。ど、どう?」

「うん、やっぱり姿勢が良くないな。身体がまだ真っ直ぐになりきれていない。もっと頭を下げて水中に入れていい。あと蹴り方もよくないな。下に蹴り過ぎだ。それじゃあ、潜っても仕方ない」

 頭を上げたまま蹴伸びしたら、水の抵抗をもろに受けるに決まっている。

 コウは俺の合図とともに、また蹴伸びをするがうまくいっていない。

 注意すればすぐに修正できていた今までの競技と違って、自分の身体を確認できない。

「しまったなあ、スマホ持ってくれば良かった……」

 スマホがあればコウのフォームを、ばっちり撮影することができた。

 別に妹の綺麗な肢体を、フォルダに収めようというわけじゃない。

 水泳は、ダンスなどと一緒で自分のどこが悪いのか分かりづらい競技なんだよな。

 スマホのカメラで撮影して客観性を持ってほしかったのだが、防水じゃないから持ってくるのを忘れていた。

 そういえば、今の学生は昔と違ってダンスが必修に今なっているとか聞いたけど、大丈夫なんだろうか?

 リズム感もなかったよな、コウは。

「触るぞ」

「う、うん」

 昨日からずっと妹の身体をベタベタ触っているような気がするんだが。

 これは、指導だ、指導。

 何もやましい気持ちなんてない。

「これって何か意味あるの?」

「ある。ストリームラインがしっかりしていないと、沈んじゃうからな」

 どれだけ水面と並行の姿勢がとれるかだ。

 最低でも蹴伸びで、五メートルラインは超えて欲しい。

「コウ、息継ぎってどうやってやってる?」

「どうやってって、普通に横から――」

「それじゃあだめだ。お手本はこうだ」

 横からの息継ぎ。

 つまり頭を完全に上げての息継ぎは、平泳ぎなら問題ない。

 だが、クロールの場合頭を上げすぎると、人間の体の構造上、必ず下半身が下がってしまうのだ。

「水面をかいた腕を見るように息継ぎはするんだ。つまり息継ぎは真横じゃなくて、斜め後ろにする」

「水面をかいた腕を見るように……」

「あと、な。泳ぐ前に、どのタイミングで水面から頭を上げるか決めておこうか」

 コウのクロールを見ていて思ったのが、息継ぎするタイミングが自分で分かっていないようだった。

 泳ぐことに必死なのだろう。

 呼吸ができるギリギリまで我慢して、ぷはっーと、苦しみながら頭を上げての息継ぎをしていた。

 それだと余裕がなく、いつまでも長い時間酸素を取り込もうとして停止する時間が増えてしまっている。

 泳ぐのではなく、止まっているのだから自然と身体は沈没への道へまっしぐらだ。

 こういうのは癖をつけるのがいい。

 ガードの緩いボクシング選手に、ピーカブースタイルを教え込ませて癖づけさせるみたいなものだ。

「とりあえず、左は普通に水をかく。だけど右で水をかく時に息継ぎするようにしようか。それができるようになったら、息継ぎする頻度をどんどん少なくするようにしようか」

 一回一回息継ぎはしていたら確実に速度は落ちる。

 だが、ギリギリまで我慢するよりかは遥かにましだ。

 とにかく泳げるようになるのが、今のコウの最大の課題だからな。

 徐々にステップアップしていこう。

「それじゃあ、平泳ぎの泳ぎ方は?」

 平泳ぎかあ。

 水泳で一番簡単なのは平泳ぎっていう人もいるが、実はかなり難しいんだよな。

 個人的には、平泳ぎが一番技術がいるんだよな。

「それじゃあ、とりあえずプールから上がるか」

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