第11話 北島幸の苦手科目は体育である(5)

「バスケでボールを奪うコツはな、相手の動きを予測すること。これさえできれば、経験者からだって奪える」

「それは、そうでしょうけど……」

 できるものなら、とそう続けたいのだろう。

 だけど、できる。

 相手が素人だったらほぼ確実に。

「俺が敵だとして、コウを抜こうとするよな。ここで大事なのは俺が右利きか左利きかってことだ」

 俺がドリブルしながらコウへと向かっていく。

「相手が右利きだった場合、こんな風に、左にドリブルしようとすると、軸足――半身が邪魔でやりづらい。だからほとんどの人はドリブルをするときに右から抜こうとする。そこを狙えばいい」

 ドリブルは内側にやる方が簡単で、外側へ相手を抜くようにするのは難しい。

 左に持ち替えてドリブルするクロスオーバーなんて高等技術、両利きでもない限り素人ができるはずもない。

「それでも不安なときは、右でも左でもいいからわざと自分の軸をずらす。それによって相手の動きをこっちで限定化させるんだ」

 こっちが左にズレていたら、もちろん相手は隙だらけの右から抜こうとするだろう。

 自然とできてしまった隙ならば、そのまま抜かれる。

 だが、自発的に作った隙であれば、すぐに飛びつくことができる。

 これは、バスケでなくとも、サッカーでも同じことができる。

 ただ、問題もある。

 奪った後が大変だ。

 ボールを手に持ったら即座にパスをする。そのためには、常に味方がどこにいるかを把握する必要があるからだ。

「もちろん、一回限りの技だ。うまい人間は苦も無く左にドリブルできるだろうしな。だけど下手な人だったら右か、それか……後ろにパスを出すだろうな」

 運動神経が劣っている人間は、運動能力で勝負してはいけない。

 運動ができなければ、論理で戦えばいい。

 相手が自分よりも運動能力が上でも、相手の動きを予測さえできていれば初動を上回ることができるのだ。

 勉強の出来るコウなら、俺の言っている意味が分かるはず。

 練習していくうちにメキメキ実力が上がっているのがその証拠だ。

 やり方さえ分かれば、勉強と同じようにできるようになるはずだ。

「おっと、大丈夫か?」

「いっ――」

 身体と身体がぶつかってしまって、コウが尻餅をついてしまう。

「ほら、手に捕まれよ」

「う、うん……」

 妙に大人しいな。

 何か変な者でも食べたか?

 ご飯は俺がコウのために栄養も考えて作ったから、変なものを食べるタイミングなんてなかったはずなんだが。

 手をつかんで起こしてやると、顔がまるで茹蛸みたいだった。

 お風呂上りだから火照っているとかいうレベルじゃないぞ、これ。

「おい、大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」

「ちょ、大丈夫だって!」

 額に手を当ててやろうとするが、振り払われる。

 やっぱり嫌われているようだ。

 反抗期の女の子に構えば構うほど、嫌われてしまう。

 そんな親父の気持ちを早くも味わってしまって、心がブチ折れそうだ。

 だけど、そうもいってられない。

 おおげさだが、風邪で死んでしまうことだってあるのだ。

 最初の診断がどれだけ大事なのかこいつは分かっていない。

「――ったく」

 額と額を合わせて熱を測ってやる。

 すると、火傷しそうなぐらい熱いんだが。

 大丈夫か? これ。

 ほとんど冗談のつもりだったのが、リアルに熱い。

 四十度近くあるんじゃないだろうか。

 体育の練習をやっている場合じゃないような気がしてきた。

「やっぱり、風邪引いているんじゃないか? すごい熱だ……ぞ……?」

 何やら様子がおかしい。

 赤かったのは顔の一部分ぐらいだったのに、今や首まで真っ赤に染まっている。

 それからテンパっている。

「あわ、あわわわわ」

 指をワシャワシャしながら、分かりやすいぐらいにおろおろしている。

 漫画みたいなリアクションだな。

 どうした?

 熱暴走でバグったのか?

「大丈夫って言っているしっ!! そ、それよりも、バレーはどうすればいいの?」

 まったく大丈夫そうじゃないけど、グルルと唸っているコウはこっちの忠告に耳を傾けそうにないし、続きをしてやろうか。

 サッカーやバスケのコツは教えてあげた。

 次は、バレーを重点的に教えてやろう。

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