第10話 北島幸の苦手科目は体育である(4)
まず、コウがどれぐらいできるかを試してみた。
サッカーはドリブルができない。
バスケはダブドリしまくり。
バレーボールはレシーブした球が、自分の顔に当たっていた。
「ううう」
コウは赤くなった顔を押さえる。
勉強はなんでもできるのに、運動は本当にからっきしだな。
もうバテバテだし。
マラソンでもして基礎体力からやった方がいいが、コウ曰くすぐにスポーツが上達したい。学校の体育の授業中居たたまれない空気になるのをどうにかしたい、とのこと。
そういった遠回りはできない。
即座に身につく技術を教えてやらなければならない。
もちろん、基本的なところからだが。
「サッカーの授業で、オフサイドってあるか?」
「えっ、オフサイドってなに?」
「ああ、やっぱりないのか」
中学生で、しかも女子。
そこまで厳密なルールを敷いていては、体育の授業は楽しめないだろう。
「だったら、サッカーは走らなくていい。相手キーパーの近くにいて、ゴールだけを狙えばいい」
「いや、でも走らないといけないんじゃないの?」
「サッカーは人数が多いし、グラウンドを広く使うから多少立ち止っていてもいいだろ。そんなに目立たないはずだ」
野球や卓球などは、絶対に自分の番がある。
バスケだって人数が少なく、狭い空間でやるために走り続けなければならない。
だが、中学生ぐらいのサッカーならば止まっていても何も言われないはずだ。
ここが自分の守備位置だと言っておけばいい。
味方からパスを受け取って、ゴールする。
その練習だけをやっていればいいのだから、すぐに身につくはずだ。
「でも……」
「やっぱり、嫌か?」
「うん……」
卑怯だと思っているのだろう。
戦略の一つなのだが、中学生だったらもっと楽しんだ方が健全か。
「だったら、パス練習とシュート練習を重点的にやっていこうか」
「? それだけ? ドリブル練習は?」
「ドリブルは完全に捨てる」
「捨てるってやらないの? なんで?」
「ドリブルはどれだけやったか、だからな。リズム感もいるし、才能も必要だ。とにかく数をこなさなきゃいけない。一日でうまくなるためにはドリブルなんて練習するだけ無駄だ」
コウがプロを目指すなら話は別だが、あくまで中学生が授業でまともにスポーツができるように、という話だ。
なら、そこそこでいい。
「体育のいいところは、できないことはできないままでいいってことだな。勉強は苦手なままじゃだめだろ? 体育で大事なことは、自分に何ができて、何ができないのかを見極めるってことだ」
勉強はできないじゃすまない。
一つでも躓くと、後が続かなくなる。
国語はまだましだが、英語や数学は分からないところがあれば徹底的にやるしかない。
それに比べれば、体育はかなり楽なのだ。
「バスケもバレーもサッカーもできないことは誰かに任せればいい。得手不得手は絶対ある。そうじゃなきゃ、ポジションなんて存在しないだろ? 自分の出来ないことはフォローしてもらう気持ちでいればいい。もちろん、コウだって誰かをフォローしてやるつもりでな」
「……そういうものなのかな?」
それがチームワークというやつだ。
学校のいいところは他人がいることで、補い合うことを憶えられることだ。
コウは体育なんて必要ないのに、と愚痴っていることが多いけど、ただ運動するだけじゃないんだよな、体育ってやつは。
「それじゃあ、サッカーのパス練習しようか。バスケのチェストパスはできていたしな」
ボールをパスする時は、手で三角形を作ってやればいいんだよ、こうやって、とコウの指を握っていた時に顔を真っ赤にしていたが、大丈夫か?
風呂に入り過ぎてのぼせたんじゃないだろうか。
なるべく触らないでいてやろう。
「パスって、こ、こう?」
つま先で蹴ったボールは、あらぬ方向へ飛んでいった。
「お、おう……」
「い、今のはちょっと失敗しただけだから! もう一回やればできるし!」
できないと思いますけど。
パスする時に何故か目を瞑っていたし。
それに、つま先で蹴るパスはやらない方がいいよな。
「うーん、とりあえず、ボールは浮かさなくていい」
「え? だってサッカーの試合見ていると大体ロングパスじゃないの?」
「ボールは浮かせなくていいんだよ。素人は地面を這うようなパスがいい、靴の内側でパスする。それが一番簡単だから。ほら」
「わっ!」
そこまで速度は出していないつもりだが、パスしたボールをコウは受け止めきれなかった。
「パスを受ける時は力を入れずに、吸収する感じで、これも靴のサイドで。それじゃあ今度は俺にパスしてみて」
「う、うん」
何度かパスをするうちに、どんどんうまくなっていっている気がする。
「そうそう。サッカーは近距離でパスするぶんには全然技術はいらないんだよ。あと、パスする時は腕を振った方が威力でやすいから、やった方がいい」
足でパスをするときには、腕を後ろにやるだけで威力が出る。
サッカーは足だけのスポーツだと思っている人が多いけど、身体全体を利用した方が楽に決まっている。
コウは素直に俺の言うことを聞いているお蔭で、パスはよくなっている。
だけど、パスを受ける時はあまりよくない。
お手本を見せるより、直接指導した方がいいか。
「ちょっと力入っているな、こうだよ、こう」
「えっ、ちょっと!」
「我慢してくれ。触られたくないだろうけど、今日は触らせてもらうぞ。そうじゃないと覚えないからな」
「わ、分かっているし!」
パスは正面で受け取る。
駆けだしてパスを受けられたら格好いいが、それができない内はインサイドで受ける練習だけでいい。
「あとダイナミックなトラップはいらないからな。ヘディングも相当な技術がいるから練習しなくていい。ボールが上から来たらとにかく後ろに下がる。下がり過ぎてもいい」
「うわ、すごい」
「はは」
俺は自分で上げたボールを、胸でトラップする。
こんなことでも褒めてもらうと嬉しいもんだな。
年齢を重ねるごとに誰かから褒められる機会は少なくなっていく。
コウのこと今の内にもっと褒めてやった方がいいかもな。
「パスやパスを受け取るのはこれでいいとして、でも、ボールを相手が持っていたら?」
おっ。
さっそく、褒めるべき時がきたな。
「うん、いい指摘だな。でも、ボールなんて簡単に奪える。技術なんてなくてもな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます