第04話 三島由紀の苦手科目は国語である(4)
「ラブ、コメ?」
「そうそう。古典はラブコメなんだよ。代表として『源氏物語』なんてものがあるけど、今の時代みたいに物が溢れかえっていないあの頃は、恋愛ものの話しかないからな」
古今東西、女子は恋愛トークが大好きだ。
昔の人達だって恋愛トークしたいに決まっている。
現代とはかなり価値観は違うけれど、誰かを好きになるってことは何も変わらない。
古典はとっつきにくいって言う人は多い。
源氏物語は生霊が出てきたり、平家物語では首なし死体が動いたりとかするのは、まるでラノベみたいなものだ。
昔の神話だってゲームやラノベに色濃く影響を与えているせいか、読んでみると面白かったりする。
昔の名作を崇めるだけならいい。
だけど、神聖化しすぎて遠ざけてしまっては意味がない。
古典だって身近なものだと感じることこそが大事なのだ。
「難しいのは当時の時代背景が分からなかったり、価値観の相違、単純に現代語訳できないからだろ?」
郵便受けができたのは、明治ぐらいだったかな? 当時、郵便がどんなものか分からなかった人たちは、郵便の便を、便器の便だとか勘違いして便を垂れ流したとか、そういう一説があるが、そういう時代背景を知らないと理解できないことだってある。
散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする、というのは有名なフレーズだが、そもそも散切り頭すら今の人は知らないんじゃないだろうか。
分からないことを学校では一々教えないから、生徒もついてこれない。
だから興味が持てないんだろうな。
「たとえば、『あふ(あう)』っていう言葉があるけど、現代語訳すると結婚するって意味になるだろ? 夜這いの文化のある日本だからこその言葉だと思うんだよね。会うことが結婚すると繋がるのは」
「それ、ほんとうですか?」
「いや、今考えた」
「ちょっと! 先生ぇ!」
「いいんだよ! まずは興味を持つことが大事なんだ。サッカーとかはにわかが騒ぐと元々のファンが嫌がるけど、新規のファンが入らないと経済効果が生まれなくなって規模が縮小するのは嫌だろ!? とにかくにわかでもなんでもいいから、まずは勉強に興味を持てないと、何も生まれないんだ!」
遊び心って結構大切だと思うんだよなあ。
「うーん。でも、ラブコメじゃないやつもありますよね?」
「ま、まあね。うん、いい質問。疑問を持つことはいいことだよ。そういう小さな疑問の積み重ねが興味に繋がって、勉強の楽しさにたどり着くもんだからね」
「えっ、でも、学校の先生ってこういう風に質問すると怒ること多いよ」
「おいおい、試したのか!? ま、学校の先生っていうのは勉強以外にも教えることが多いし、なにより教える人数が多いからな。一人一人に付き合っていたら日が暮れる。もしも学校の先生が完璧だったらこの世に塾や家庭教師なんて必要ないだろ? そこは適材適所ってやつだよ。俺らができないことを、教師できるんだから、俺は学校の先生を尊敬しているよ」
学校の先生は、こんな風に一対一で喋る機会は少ないだろう。
塾の講師も、個人授業でもない限りそのはずだ。
家庭教師だからこそこんなに近く話せるのだ。
ま、まあ、三島は無駄に接近してくるんだけどな!
できればもっと離れて欲しい。
中学生相手にドキドキする大学生ってなんなんだ。
「うーん。学校の授業だって無駄じゃないんだよ。学校の教科書に載る作品だってね、面白いものがあるんだ。確かに古典は全てがラブコメっていうわけじゃないけど、洗礼されていて、しかも面白い作品があるんだ。誰でも知っているようなものを挙げると鴨長明の『方丈記』とかかな?」
「ええっ、それって確かおじさんの一人語りを永遠に聞かされるような作品じゃなかった? あれのどこが面白いんですか?」
お、おう。
こんなものなのか?
俺は古典が好きだからもっと色んな感想を思い浮かべるんだけど、嫌いな人からしたらこういう感想になるものなのか。
ああ、これはこれで面白いな。
他人と異なる意見をもらうと露骨に機嫌が悪くなる人は多い。
だけど、俺にとっては新鮮そのもので、嬉しい限りだ。
他人の新しい角度からの意見は、脳細胞を活性化させる。
それを喜べなきゃ、家庭教師なんてやってられないと思うんだよなあ。
「あれは出家する話なんだけど、後編は狭い部屋にずっと男の人が住む話なんだよね」
「あの、自慢する話だったやつだよね?」
「そうだけど、そうじゃないんだよな。霞を食べるだけで満足しているような話だったけど、それは全部強がりだったって話だよ。貧乏な人がエコロジーとかいって方丈庵にいてこの生活は素晴らしいって見栄を張る話だと思えば、親近感が湧いてくるだろ?」
「うーん、まあ、そーうかな?」
「素直だな……」
あれー?
なんだか熱く語ってみたけど、全然伝わっていない。
これがさとり世代?
全然熱くなってくれない。
いや。
ここに来た時に物凄い情熱をもって俺にアタックしてきたから、情熱がないわけじゃない。
やっぱり、言葉でどれだけ説明してもなかなか腑に落ちないところがあるのだろう。
できれば自身で体験するのがいい。
身体を動かしながら勉強するっていうのは結構理にかなっている。
いつもと同じルーティンのような勉強方法では飽きが出て、脳が刺激されない。
机に座ったままではなく、身体を動かすことによって脳に刺激を与えて記憶力を強めた方がいいかもしれない。
三島はスポーツが得意だから、楽しんでもらえそうだ。
俺は今日の日のために用意していたものを、バッグから取り出す。
「それじゃあ、百人一首をやろう」
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