第03話 三島由紀の苦手科目は国語である(3)

「それじゃあ、今日は現代文からな」

「はーい……。現代文かあ。……はあ。なんで日本人なのに、現代文なんて課題があるのかな。意味ないと思うんだけどなあ」

「現代文は大切なんだよ。計算がいくらできても、数学の問題文の意味をはき違えると意味ないだろ? 現代文は全ての教科の基礎だ。そういう意味でも現代文はみっちりやった方がいい」

「問題文の意味って?」

「そうだな……。例えば、速さを求める問題があるとして――」

 俺は簡略化した図をノートに描く。

「『太郎君は30キロの道のりを5時間で歩きました。では、太郎君の歩く速度は何メートル毎時でしょう』って言う問題があったとして――」

「斜め読みしたら『6キロメートル毎時』で答えに書いちゃうっていう引っ掛け問題ですよね? 求める答えをメートル換算すると『6000メートル毎時』ってことになるけど、それがどうかしたんですか?」

「お、おお。計算早いな」

 いくら簡単な問題といっても、俺が言い終える前に計算し終えるあたりやはり頭がいいと評価せざるを得ない。

 すぐさま何がひっかけかを判断できるのも素晴らしい。

 たけど、ここまで頭の回転が速くて、俺の意図が読めないのはやはり国語の勉強不足がたたっているような気がする。

「現代文を勉強していると、数学でありがちなこういう引っ掛け問題に引っ掛からなくなるんだよ。文系科目が苦手な理系の人は国語なんて必要ないとかいうけど、数学が得意な人ほど、俺は現代文を学んでほしいんだよ。数学の問題って一問目が肝心だろ?」

「……まあ、よく先生からは一問目は大切にしろって言われているけど?」

 三島は髪をくるくるさせながら答える。

「一問目の答えを使って二問目、三問目に使うことが多いんだよ、数学は。だから一問目はしっかり間違えずに解かないといけない。そういうケアレスミスを防ぐためにも、国語は必要なんだよ」

「うーん。でも、現代文の解き方ってよくわからないんですよねえ。そもそもテスト時間の間に小説読み終わらないし」

「だったら、読まなくていい」

「え?」

「現代文の出題された小説は読まなくても、問題文を読めば大体理解できるように作られているんだよ。むしろ、問題文から読んでから小説を読み始めた方が速く解けるまである」

「いやいや、それは先生が現代文得意だから言えることであって、普通の人じゃ無理だって!」

「できる! 問題文に書かれていることって、出題者が『これは大事!』ってピックアップしているところだから、それを理解した上で小説を読むと、無駄な文章がとばせるようになるんだよ。だから時間を短縮できる」

 斜め読みは才能だけじゃなく、磨けば誰でも身につく技術だ。

 反復練習さえすれば、答えを導くために何が必要で何が必要じゃない文章か分かってくるはずだ。

「現代文のテストでもよくあるボーナス問題で、こんな風に四択とか五択の問題があるだろ?」

 俺は、ノートに、a.b.c.d.と書いていく。

「ああ、どれか一つか二つ選びなさいっていうやつか……」

「そうそう。その中に大体反対の意味がある問題があるもんなんだ。例えば『太郎くんはケーキが好きだ』『太郎くんはケーキが嫌いだ』みたいに、反対の意味があるやつが。それのどっちかは本当の意味だから、どっちなのかを念頭に問題を解いていく。同じ意味の問題とかもあるから、それは☆印とかをつけて線を結んでおくとかすればいい。他にも、国語の問題文に図や印を書いていくと、かなり読みやすくなるはずだ」

 登場人物の名前を丸で囲み、他の固有名詞は四角で囲む。何度も出てくる単語は重要である可能性が高いので、傍線を書く。登場人物の心情が明らかになっている箇所には波線を書いていく。

 目印はなんでもいいけど、こうやって区別していくと自ずと読みやすくなるはずだ。

「……確かに、こうしてみると読む文章が少なくなっているかも……」

「そうそう。これでスッキリして読みやすくなるはずだ。印は自分が分かりやすいように書けばいい。問題文に落書きしちゃいけないなんてルールはどこにもないんだから、それを活用していけばいい。ずっとやっていくと印なしに、スッって頭の中に文章が入りやすくなる。そうして読解力が上がれば、絶対他の教科でも解くスピードはあがってくる。こういう基礎固めは学力の底上げにも繋がるんだ」

 現代文が苦手な人の多くは、興味のなさからくるものだ。

 いつも日本語喋っているから勉強しても意味ないじゃーん、って言う人がいる。

 三島はその典型例だろう。

 数学が最も得意な三島はこういう風に理屈をつけて説明すれば納得して、現代文にも興味を持ってくれるはず。

 そのもくろみは当たっていて、すらすらと問題を解いていく。

 だが、きりのいいところで三島はシャーペンを止めて、嘆息をつく。

「……でも、現代文が解けても私、古典の方が苦手なんですよね。全然意味わからないし。英語とかなら満点いつもとれるんですけど……」

「古典かあ……」

 現代文と違って古典は、今の現代人とは感覚のズレがあるから理解できないのは当然なんだよな。

 分かりやすくなるためにはもっと興味が出ればいい。

 つまり、親近感が湧けばいいわけだから――よし、こう言ってやろう。

「古典はラブコメなんだ」

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