第02話 三島由紀の苦手科目は国語である(2)

 二人三脚するみたいにして、ようやく三島の部屋にたどりつくと、

「ふー、つかれたー」

 三島がベッドに倒れこむ。

 こいつ、勉強やる気ないな。

「ほら、ベッドで寝てないで、いつもの参考書開いて」

「えっ、でお勉強するんだよね、先生」

「? そうだね。だから机で勉強しようか」

 三島はベッドから離れる様子がなく、靴下を脱ぐ。

 脱いだ足の肌がうっすら白い。

 テニスや水泳をやっているせいか、日焼けしているのだろう。ほとんど白いのだがその日焼けしている箇所を見ると何故か色っぽく見えてしまう。

 足のしなやかさも、運動で県代表に選ばれている者とは思えないほどに華奢だ。無駄に筋肉がついているわけでなく、どこまでも綺麗だった。

 シュルシュルと、制服のリボンをとると、シャツがはだけて余計に谷間が見えてしまう。

 窪みに影ができてしまうほど大きくて、本当の大きさなのか知りたい。

 最近の下着は寄せられる機能が凄いとあいつも言っていた気がする。

 今すぐ触ってしまいたい。

 中学の教え子がベッドにしなだれるように横たわって、人差し指を薄い唇に当てる。

「教えてくれるんですよね? 夜のお・勉・強♡」

「どんな勉強!? ふ、ふざけてないで早く机に向かってくれないかな!?」

「アハハハ、動揺してるぅ~。先生ってほんと可愛いよね~」

「あのね、俺の方が年上だからな」

「年上だから可愛いんじゃん」

 うーん、やっぱりからかれているな。

 ちょっとは気が合る方が嬉しいんだが、まったくないようだ。別に自分の生徒に手を出そうと言う気は一切ないのだが、ここまで露骨に気がないと分かるとしょんぼりしてしまう。

 ん?

 靴下を脱ぐときに、色っぽく見せつけるようにして脱いだせいもあって膝を立てているままだ。だが、そのせいで、スカートの中身が見えてしまっている。

 レースの刺繍がついているそれの色はピンク色で、くいこんでいるように――

「あっ、ちょっと先生! みないでよ!」

 俺の食い入るような視線に気がついたのか、三島は足を閉じてしまった。

「い、いや、いつもみたいにわざと見せてきたんだろ!」

「見せてないし!! 今のはわざとじゃないの! いつもはわざとだけど!」

「やっぱり、わざとだった!?」

 もう、何も信じられない!!

 自分の部屋にいるから油断してしまったのだろう。自分で見せる分にはいいらしいが、予期せぬタイミングで観られるのは嫌なのか。

 恥ずかしがってそっぽを向いている三島は本当に可愛いよ、と不意打ちでいったらどんな反応をするのだろうか。

「というか、なんで制服で玄関まで来たんだよ。そんなに学校が終わるのギリギリだったのか?」

「ううん。結構早めに返ってきましたよ」

「……じゃあ、どうして?」

「だって先生に早く会いたかったんだもん」

 あっ、やばい。

 心臓が撃ち抜かれたような衝撃が奔る。

 か、か、かわいすぎるだろおおおおおおおお。

 こ、こんなの耐えられない。

 三島は不安げに上目遣いをしてきて、瞳が潤みだす。

 その姿は中学生なんかじゃなくて、一人の女としての魅力があった。

 空気が一変する。

「先生ってさ、彼女とかいるの?」

「……いませんねえ」

 残念ながら浮いた話はゼロだ。

「はは。やっぱりね」

「やっぱり!? なんで!?」

「先生っておどおどしててさ、自分に自信なさ気でしょ? だから頼りにならないと思われがちで、同級生とか年上にはモテてないタイプだと思いますよ」

「……ああ、はい、その通りです」

「女の人には『いい人』って良く言われるけど、そのいい人って『都合のいい人』とか『どうでもいい人』って意味で言われているんじゃないんですか?」

「なんなの? 俺の大学にこっそり忍び込んでるの!? とんでもなく当たっているんだけど!!」

 クリティカル過ぎるッ!!

 俺のことどこまで分かっているんだよ! 学校の先生の通信簿よりも的確な指摘に、俺の心のライフはゼロなんだけど!!


「だって、先生のこと好きなんだもん」


 そういうと、三島はベッドから降りて、近づいてくる。

 俺は後ずさりして、部屋の角まで追いつめられてしまう。

「先生にはさ、いい人はいい人でも『私のいい人』になって欲しいんだよね。先生、彼女いないんだったら、立候補しちゃおうかな」

「あ、あのなあ。冗談も休み休み――」

 それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。

 三島が、冗談なんかじゃ誤魔化せないほどに真剣な顔をしていたから。

「………………」

 三島の手が俺の肩に置かれる。

 俺が三島の想いに応えて近づいたら、キスができそうなぐらいの距離感になる。ここは密室で、誰の邪魔も入らない。重量感のある胸があてられる。あまりにも無防備で、このまま三島を抱きしめたくなる。

 くらくらしてきた。

 ここではねのけてしまったら、三島はどんな顔をするのだろうか。

 きっと悲しい顔をするだろう。

 そんな顔、俺は見たくない。

 だとしたら――。

「三島、俺は――」

 ドンッ!! と、まるで聞き耳を立てていたかのようなベストタイミングで、ドアが開かれる。


「はい、ケーキですよ~。勉強進んでいますかあ?」


 三島のお母さんが嬉しそうな笑みで突入してきた。

 ドアの開閉音がした時点で、俺達はアイコンタクトもなしで茶番劇をする用意を万全にした。

「三島、この前のテストどうだった?」

「こ、国語は七十点でした」

「よ、よくなっているよなあー」

 えらい、えらい、と三島の頭を撫でる。

 不自然過ぎたか?

 机について参考書を開いているが、服が乱れたままだし!

「あら、ちゃんとやっているみたいねー」

「ああ、はい! もちろんバリバリです!」

「それじゃあ、お邪魔にならなないように私は退散しますねー。ごゆっくりー」

「あっ、いつもありがとうございます! ケーキと紅茶いただきます!」

 よ、よかった。

 特に何も怪しまれずに凌げた。

 俺の演技力も捨てたものじゃないな。

「あ、あぶなかったな」

「ママ、もしかして今のはわざと? ダメンズ好きなのは知ってたけど……。応援してくれていると思っていたけど、やっぱり、本当はママ、もしかして――」

「あの、どうしたんだ? 三島」

 ブツブツ何か言っているけど、小さすぎて聞き取れなかった。

「う、ううん。なんでもない、です。――それより、勉強するんだよね? 勉強してたら邪魔も入らないだろうし!」

「お、おお。やっとやる気になってくれたか」

 やる気になった理由はいまいち分からないけど、教えていこう。

 さっきの告白もいまなら流せる。

 冷静になったら中学生と恋愛なんて犯罪だ! いや、親御さんの許可があれば大丈夫なのか? 結婚を前提にとかだったらよかった気が……。

 いやいや、だめだめ。十六歳で結婚できるのに、高校生に手を出したらテレビで放送されるんだ。高校生でダメってことは、中学生なんてもっとの他だ!

 明らかに矛盾しているのに、世論はロリコンダメ絶対風潮なんだ。

 俺はロリコンじゃない。俺はロリコンじゃない。俺はロリコンじゃない。

 よし、しっかりと教えていくぞ!

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