家庭教師は女子生徒の誘惑に屈しない

魔桜

1

第01話 三島由紀の苦手科目は国語である(1)

 俺は大きめの玄関の前で深呼吸をする。

 家庭教師になって一年。

 慣れてきたといっても、やはり緊張する。

 それもそのはずで、俺の教える生徒は女子生徒ばかり。

 教務部の人から女の子と深い関係にはなると釘を刺されているのだが、この家の子にはある意味大きな問題があるので自分を律することができるのか不安なのだ。

 意を決してチャイムを鳴らす。

「はい、どうぞー!」

 元気で明るい声がインターホンから聴こえる。

 うわあ。

 チャイムを鳴らしてから秒で応答があった。

 今日も娘の方が出てきたということは、もう家にいるのか。

 少しぐらい遅刻してきてもいいのに、いつも律儀に玄関前で待っている。

 俺はドアノブを手前に引きつける。

「こんにちはー」

「せんせぇー」

「うおっ!」

 玄関でいきなり抱きついてきた俺の担当生徒は、中学生。背丈が低く、つま先立ちをしないと俺に寄り添えない。俺が抱きかえすように支えてやらなければバランスがとれない。だから俺はしかたなしにやっているのだが、これは拷問だ。

「三島。ちょっと離れてくれる?」

「えぇ。どうしてですか? せぇんせぇ。何か困ることでもあるんですかあ?」

「いや、それは、その……」

 舌ったらずの声に意識が遠のいてしまいそう。

 三島由紀。

 中学二年生のテニス部所属。

 家はお金持ちで、他にも水泳やピアノの習い事もしているようだ。

 勉強も一科目しか苦手教科がなく、ほとんど欠点がない。

 運動をしているせいか、しなやかで細い四肢は蠱惑的。シャツの下から見える肌に、ついつい視線がいってしまう。あと、中学生らしい可愛らしい下着もたまたま見えてしまう。いや、俺の視線に気がついてふふふ、と嬉しそうに笑っているあたりわざとじゃないだろうか。

 蝶よ花よと育てられたせいか少しばかりわがまま。だが、わがままなのは性格だけじゃない、胸もだ。中学二年生にしてはかなり大きい。高校生にも匹敵していて、もしかしてDぐらいあるんじゃないだろうか。そのたわわに育った胸をこれでもかと押し付けてくる。

 ほらほら、と突起物を擦るようにして押し付けてくるせいで、俺のパンツのテントがものすごいことになりそうだ。

「なんでもないっ!」

 俺は誘惑を振り切る。

 振り切った時に、あん! とか言うな! あんとか! 感じているんですかねえ。

「ええー。なんですかー、それー?」

 絶対分かって言っているだと、こいつ。

 女子に免疫がなくて慌てている男の俺を、中学生の女の子が面白半分にからかっているだけなのは分かっている。分かってはいるが、どうしても三島の期待通りの反応をしてしまう。

「あら、先生。今日もお熱いわね」

「いや、そういうわけじゃないんですが……」

 三島のお母さんは、いつも柔和な笑みを浮かべて娘の荒ぶる言動を見守っている。親として諌めて欲しいのだが、むしろ楽しんでいるようにも見える。

「いいのよ。由紀ちゃんと結婚しても。お母さんは大賛成だから」

「ぶっ!」

 お母さん、悪乗りしすぎだろ!

「さっすがママー。だって、先生!」

「ああ、もう、なんでもいいから、二階に行ってさっさと勉強するぞ!」

「いい? 今、いいって言ったよね? お母さん、ようやく先生が観念したよ!」

「…………」

 そもそも中学生と大学生じゃ結婚できないよね? とか、反論する気力もない。

 枯れた花のように落ち込んでいる俺の腕を、好機とばかりに三島がつかんでくる。

「……その、離してもらえる?」

「うう。今日はテニスやってきて辛いのにー。先生の腕につかまっていないと階段上がれないぐらいしんどいのにー」

「先生? うちの娘は努力家なんです。その努力を認めてくださらないんですか?」

 ゴゴゴッ! と背後から効果音が鳴りそうなぐらい、お母様が怒っていらっしゃる! そこまで激怒するようなところかな!? 過保護にもほどがあるっ!!

 所詮俺は雇われの身。

雇い主であるお母様には逆らえない。

「分かりました! このままいきます!」

「えへへ~」

 隠しようもないこの笑顔、絶対に確信犯だよ。

 娘とお母さんで事前に打ち合わせしているかのような息の合いように、俺は両の手を上げるしかなかった。

 まあ、三島が可愛過ぎて赦してしまう俺も、同罪かな?

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