第3話
そうして約2年書き続け、今夜中の3時半に目が覚めて私の世界とご対面をし、書き続けているところだ。
実際の世界では2年だが、私の世界では既に80年が経過している。
とはいえ私の創作した世界も実際の世界だ。
『実際』という言葉を辞書で調べると「物事の、あるがままのようす」のことを言うらしい。私の世界も今、あるがままに生きている世界なのだから『実際』の世界である。
それはそうと、この私の世界も80年のうちに色々なことがあった。
平和な国は繁栄し、人口は大幅に増加していき、世界人口は3万人にまで達していた。
初めのうちは争いごともなく、仲良く平和にやっていたのだが、さすがに問題も出てくる。
王に反抗し反乱を起こすものもいた。しかし、そこは私が王を陰から助け、勇士達の活躍により反乱軍を壊滅させた。
今の2代目のアーサー王もそれなりに上手に世界を治めている。
私がパチパチとキーボードを打つごとに私の世界の時が流れていく。
私はA4用紙5000枚にまで書き上げた自分の世界の構造、一人一人の人物の性格を完璧に脳の中にインプットしている訳ではない。それをプログラミング化したものを見ながら、この世界と彼らの動きにそぐわないような言動はしないように書き上げている。
もしもこの世界の秩序、法則を少しでも歪めるようなことをすると、この世界は直ちに崩壊してしまう。そうなると今までの苦労が全て水の泡だ。死んだ小説となってしまう。
だからこそ私が彼らの世界に介入する時も世界の法則に基づいて介入しないといけない。
「突如天から神の声が聴こえ、そして神の手が降りてきて」なんていうことは滅多なことでは出来ない。
そこに住む人間の心をその人間の性格に沿って上手に動かし、自然の法則に則って私の意思を介入していくのだ。
ひたすらパチパチと打ち続けながら集中力が切れてきたので、コーヒーを飲むことにした。
半年は洗っていない汚れ塗れのカップにパソコンの横にあるインスタントコーヒーを入れる。同じように並ぶ砂糖とミルクも入れる。
ポットに水が入っていないので立ち上がると、20時間ぶりに立ち上がったものだから立ちくらみが起こった。おぼつかない足で、生ゴミに溢れた部屋を掻き分けながら、水道の蛇口を捻り、水をポットに入れる。
何年も洗っていないポットの中はカビだらけだ。
神である私がこんな生活をしていると私の世界の人間達に知られると、彼らはさぞかし幻滅するであろう。下手をすると彼らは自殺するのではないだろうか。
次元が違う彼らには知る術は無いのだが。
一人の人間が一つの世界を創り、管理し、動かしていくにはその世界に全精力を注ぎ出し、他の全てを犠牲にしなければとても出来ない。
……カーテンを開けると日の光が一気に差し込んできた。時間は既に13時だ。
再び所定位置に戻りモニターをぼうっと見ながらコーヒーを啜る。
(そろそろ彼らにコーヒーの作り方を教えてやるか)などと考える。
今、私の世界には大きな悩み事がある。
それは今の2代目の王、アーサーが私に祈らずに、そして私の言葉を聞かずに(預言者を通して私の言葉を語らせる)自分で物事を判断し、行動していることだ。
浅はかな、彼の知識と知恵では、先の先まで物事を読むことは出来ない。
今はそれなりに順調にいっているとしても、このまま事を進めていくならば、必ず歪みが出るだろう。
空腹を覚えた私は最寄りのコンビニへ行くことにした。
我がマンションから徒歩5分のところにある交差点のすぐ横だ。
私の日常生活での必要な日用品の全てをこのコンビニで済ましている。
コンビニに行くまでの間、試行錯誤する。
――アーサーは私の言葉を聞かないどころか、今まで私が助けてあげた恩を忘れ、あたかも全て自分の業績のように振る舞い、高慢になっている。
まるで私の存在を忘れ、否定しているかのようだ。
ドリンクの入っているショーケースをぼぅっと眺めながら考える。
(もう一度預言者を彼の前に送り、そのままいくと国にひずみが出ると警告を与えよう)
適当にジュースやお茶を買い物カゴに放り込み、そしてその上にカップラーメンや冷凍食品等を大量に入れる。
レジの店員は新入りのようだ。私のことを怪訝な目で見ている。
それもそのはず、ここ1ヶ月ほどシャワーも浴びず服もそのままで髭も剃っていなかったのだ。
ラーメンの汁等が所々に付いた薄汚れた異臭を放つヨレヨレのジャージを着たこの私が、3年半前まではアルマーニのスーツに身を包んでいたとは、よもや思いもしないだろう。
もし昔の知り合いとすれ違っても、私だと判別することは到底不可能なはずだ。
時間がもったいないのでフライヤーの肉まんとホットドッグを買い、それを食しながら家に帰るまでの間に昼食を済ませた。
私はパソコンの前に再び座る。ここが私の世界。
私は自分の頭の中をこれでもかというほど具現化することが出来た。
タイピングをし、文字が現れている瞬間はその情景が私の目の前にリアルとみまちがうほど、というよりも完全にリアルに私の目の前に広がっていた。
しかし、それを読み返してみるとそれはやはりただの小説になっている。
私が文字を繰り出すその瞬間だけ、この小説は脈を打ち生きている。
このパソコンのモニターの前の文字の羅列こそが過去の私の世界の歴史であり、私がキーボードを打ち文字を入力していくことで今が始まる。始まった今はすぐに過去となる。
それは現実の世界となんら変わらない。
現実の世界となんら変わらないということは、この私が創造する世界も現実だということだ。
もしかしたらこの世界も誰かの手の中の小説かもしれない。
だとすれば、さぞかしこの利かん坊には手を焼いていることであろう。
作者は私をこんな道に進ませたくなかったのかもしれない。
しかし書き進めているうちに私の性格上こうなっていってしまったのかもしれない。
それならば、それも生きた小説だ。
などと考えながらも世界の時を進めていく。
アーサーは段々と独裁的になってきている。国民に重税を課し、さらに税金を横領する始末だ。いよいよ持って私は危機感を感じ始め、早速預言者をアーサーに送った。
預言者を通してアーサーにこう伝えた。
「神はこう仰せられます。『アーサー王。税金は私が示した通りの税以上を民に課せてはならない。それにあなたが税金を横領し、自分の私利私欲のために使用していることを、私は知っている。私は全てを見据えている神である。私の命令を守るならあなたとあなたの王国は豊かに繁栄し、秩序を保ち、平和を維持することが出来るであろう。しかし私に背くならあなたと国は自分のその罪のために』……」
そこまで預言者が語ったところでアーサー王は逆上し、剣を抜き預言者のクビを飛ばした。
アーサーは叫ぶ「王はこの私だ!この私がこの世界を治めている」
アーサーは我を失っている。
まだ父が生きている頃の若いアーサーは謙遜で人徳もあり私の命令に従順するものであったのに。権力が彼を変えたのであろうか。
アーサー王はその後も独裁政治を敷き、少しでも歯向かう者は処刑にしていった。
アーサー王にはそれ相応の裁きを下し分からせてやらないと、彼のためにも国のためにもならないのだが、私が直接手を下すことはまだ出来ない。
時と頃合いを見計らっていかないと世界の法則が乱れてしまうのだ。
しかしアーサーの乱心は続く。
過去に一時期広まった魔術があったのだが、私がそれを行っていた者を罰し、すべての魔術書を燃やし、魔術を行う者は法で裁かれる対象にしたのだが、アーサーは密かに魔術を行っていた者を城にかくまり、魔術書を新しく書き上げ、そしてその魔術を法律的に許可してしまったのだ。
魔術は魅力的で便利なものだが公共の秩序を著しく乱し、非常に危険な行為で死傷者が出る時もあり、とても危険なものなのだ。
さらにはカジノを合法化し、風俗街を作り、阿片のようなドラッグも作り出してしまう始末だ。国はこの10年の間に悪の巣窟と化してしまった。
牢屋は犯罪者で溢れ、人口は犯罪率の増加に比例し4000人も減少した。
私はアーサーの傍若無人を食い止めるために優秀な使徒を3人遣わしたが、アーサーの狡猾さのうちに謀反者として捉えられ処刑にさせられた。
この国の民は全て私が創った私の子供である。さすがにこの状況には胸が痛んだ。
ここまで酷い事態は初めてだった。
私はこんな暴虐なアーサーでさえも愛しており、なんとかして立ち直らせたいと思っている。
しかしどうにもならないのならば、殺すしか無い。それはとても悲しいことだがこの世界を、他の民達を守るためには仕方の無いことなのだ。
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