第2話
『作家になる』
私は産まれて初めて胸を躍らせるほどの夢を見た。
30歳の私は作家を目指すならちょうど良い歳だ。
貯金を切り崩し質素な暮らしをするなら、20年は食い繋いでいけるだろう。
誰もが羨むようなルックスを持ち、教養もある、同性からも憧れの眼差しで見られるような女性との婚約を破棄し、そして外資系投資ファンドで、1日に数億円もの金を動かし、会社を起こせば何百人もの人がついてくるというほどの実力を持ちながら、その全てをドブに捨ててまで作家を目指した。
なるだけ長いこと食い繋げるように都内の高級マンションから家賃3万ほどのワンルームマンションに引っ越した。
ほとんどの人間に私がまるで気でも狂ったのではないかと言われたが、間違ってもいない。
私は全ての人間との関係を絶ち、小説の書き方講座なるものの本を読み漁り、文法を学び、語彙を増やし、試しに何作も書き上げてみた。
書いてみると改めて分かった。やはりこれこそが私の本当のやりたいことだ。
何もかも忘れ、食べて寝る時間さえも惜しむほどに私は物書きに没頭した。
私の全ての情念は物書きに注がれた。
何作か試しに書き上げてみて分かったことがある。
私が本当に創りたかった作品は、登場人物の意思で物語が進行していく世界だ。
世界感は完璧に設定するが物語はほぼ決めない。
物語の流れはほぼ登場人物に任せる。つまり、登場人物に意思を持たせることにした。
そのために登場人物の性格を細かく書き上げる。
人間のDNAというのはプログラミングに似ている。
こういった性格ならこういったことをし、こういったことは必ずしないというようDNAの構造により人間の選択肢は決まってくる。
ということは登場人物の全てをより細かく創造するならば、登場人物はその性格の通りに、私が打つキーボードの文字の中で、脈打ちながら躍動する。
4ヶ月、あらゆる本を読み、実際に小説を書き続け、私が本当に創りたい小説が分かった。
それはまさに文字の中にそれぞれの人間の意識が確かにある世界。
果たして本当にそんな夢のような世界を創造することが出来るのであろうか。
早速私は大まかなプロットを考える。
時代、場所、動機、目的、冒頭。主人公や悪役は特に決めない。
そこに住む住人から主人公や悪役はその性格に合わせて産まれてくるだろう。
私は徹底的に創りあげた。まずこの世界と、そこに暮らす人々約5000人を創った。
あまりに細かく創り過ぎた結果A4用紙5000枚程にまで至り、1年間を要した。
そしてその世界を徹底的に頭の中に入れ、フロートチャートを書き、アルゴリズム化し、その世界が上手く動くか実験してみた。
するといくつかのエラーが出てきたので修正を重ねていき、やっと世界がバグやエラー無しに秩序を保ち、そこに住む住民が自然に暮らしていける世界が完成した。私の頭の中で。
1つの世界を創るのに1年ならば早いほうだろう。
時代設定は先の世界大戦の核戦争により人類が99%死滅した、放射能まみれの地上において、ただ1つだけ放射能に汚染されていない奇跡の島があることを知った人類。
地下で生活を余儀なくされていた人間達は、その島を目指し放射能スーツを着、死力を尽くして奇跡の島へと辿り着く。辿り着いた時には既に人類の3分の1が息絶えていた。
無事に奇跡の島に辿り着いた人間達はそこで奇跡を見た。
その島はまさしく、この世の神の哀れみによって成り立っていることを知る出来事があり、それを通して彼らはその神を崇めながら、そこで生活していくこととなる。
ちなみに、その神が私である。私は彼らに私の存在を知らしめた。
他の小説と明らかに違う点はこの私の小説は「生きている」ということ。
そして小説の中の人間達は「私のことを知っている」ということだ。
私の言っていることは気が触れていると思うかもしれない。
そんなことは出来る訳が無いと思うかもしれないが、実際に今それが出来ているのだ。
私の小説は生きている。私が文字を打つ度に進行していく物語は私の意思だけではなく、私が創り上げた登場人物との意思によって成り立っている。
私の小説はこの奇跡の島に辿り着いたところから始まる。
世界を創造し終わったその日、私は感極まり、モニターの前で両手を上げ、雄叫びをあげた。
――私はついに、神になったのだ!
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