憂き迷い路

2018/9/30

ここのところ、空模様の不調の所為か特に理由もなく僕はナーバス気味になっている。

というより、これから自分が、或いは他人が、どうやって生き進んでいこうが、その将来にはある一定の一律的な制限がかかっている事がどうしても脳内で引っかかってしまい、「人の生とは斯様なものか」と一区切りをつけたくなってしまうのだ。一応、これまでの歴史上、「こんな発明が為されたら人類は大変な事になる」という技術革新をしながらも、結局は文明として生き永らえてきているのが実際のところだ。競争原理がゆえに湧き上がる不安を抱えながら、これまた競争原理によってその不安をギリギリの線で相殺して今のタイムラインを歩んでいる。

しかし、その相殺も、知られざるところで善人の犠牲の上に成り立ち、そういった優秀な遺伝子の継承を犠牲にし、また、そういった個体の割合をすり減らしながら行われてきた事だ。「昔は良かった」という言葉がいつの時代でも唱えられるのは、老人の嫉妬等のみならず、善人の減少によって民度が下がる事により、実質的に生活水準が落ちる事が原因だとも言える。つまり、時代を追うにつれて魂ある善人がいなくなり、通らなければならぬ事が通らなくなっていくという事…倫理観やモラルが破壊されていく、という事だと考える。(善人という言葉ではあまりにも極端かもしれないが)

この先どのような技術革新が行われたところで、どんな資産を得たところで、民度が低下していけば満足度や幸福度はどう足掻いてもどんどん落ちていく。それを考慮すると将来が幸せだとは断言出来ない。


「幸せとは何なのか?」と、毎日思考の中で迷子になっている。


誰かがこの迷子状態から自分を助け出してはくれないだろうか、などと日々鬱々と考える。

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