黒の村にて 使者と許可

 あれからリンリーと毎日じゃないけど散歩するようになった。でもなんでかわからないけどリンリーと散歩する日は鬼熊オーガベア破壊猪ハンマーボアはこない。理由は聞いてないけど、たぶん気を使ってくれてるのかな? ちなみに今日は二体と散歩して帰ってきたところだ。それとリンリーとの一度目の散歩の時に尾行してた兄さん達は、あの後かなり僕が魔法で攻め立てたからさすがについては来なかった。当然だけど安心した。


「今日もなかなか良い散歩だったね」

「ガア」

「ブオ」

「……」

「ガ?」

「そういえばおまえらが普段どんなところで生活してるのか知らないなって思ってさ」

「ブオ?」

「もちろん興味あるよ。おまえらは大神林だいしんりんの最奥が住処すみかだよね?」

「ガ」

「ブ」

「そうか、それじゃあ案内してよ」

「……ガァ」

「……ブオ」

「なんで相談してるの?」


 なんか僕のお願いを聞いた途端、二体がお互いの顔を見合わせながら相談を始めた。ボソボソ小さい声で相談してるから聞こえ辛いけど、「時間が……」とか「体力が……」とか「ここから離しても……」とか聞こえるから、どうやら僕が長時間の移動に耐えれるかと群――つまり黒の村――から離しても大丈夫かを心配しているようだ。なるほど確かに二体の体力と移動速度なら広大な大神林だいしんりんの最深部からでもごく短時間で黒の村の近くまで来れる。でも、僕が一緒だとどうしても移動速度を落とす必要がある。その結果、何日もかかって僕の体調や体力が保つのかを心配しているようだ。父さん達からは確実に反対されるだろうけど、そこは僕の説得次第だと思う。


「前に比べたら体力はついてるから、ある程度は大丈夫。あと父さん、母さん、村のみんなは、ちゃんと説得するから案内してよ」

「……ガア」

「……ブオ、ブブオ」

「うん、わかった。ちゃんと許可をもらう。そうしたら連れていって」

「ガア」

「ブオ」


 よし言質げんちを取った。あとはきちんとみんなを説得するだけだね。楽しみが増えた。


「できるだけ早く村のみんなを説得するから」

「ガアァ」

「ブオォ」

「うん、またね」


 二体が森に帰っていくのを見送って遠ざかっていく足音が聞こえなくなってから僕は村に入った。……あれ? 朝にはネリダさん達が門番としていたのに今はいなかった。何かあったのかな?


 村に入るとピリピリしていて空気もおかしい。……面倒事の匂いがする。どうしよう。進みたくない。でも、帰らないといけないし、……はぁ、諦めて行こう。進んでいると広場の方から門でも感じたピリピリした空気とみんなのざわめきが聞こえてくる。というか、ピリピリした空気の発生源って兄さんと姉さんの気配だった。


 あれは、……サムゼンさんだね。サムゼンさんの後ろに部下の人達もいる。それにしても兄さんと姉さんが、サムゼンさんに飛びかかりそうになのを村長むらおさや父さんがなだめたりしてるこの状況は本当にどういう状況なんだろ?


「みんな、どうしたの?」

「おお、ヤート殿」

「ヤートに近づくんじゃねえ!!」


 僕が声をかけるとみんながこっちを見た。それでサムゼンさんが僕の方に来ようとしたら兄さんが全力でサムゼンさんを威圧しだしたし姉さんもすごく険しい顔をしている。前は二人とも普通にサムゼンさんと話してたのに今がこんな状況って事は僕の知らないところで何かあったのかな?


 僕が一人で首をかしげていると村長むらおさが間に入ってくれた。


「ガル、マイネ、ヤートが状況をわからず困惑しておる。少し静かするんじゃ」

「でも、村長むらおさ、私とガルはこの人達に、きっちり忠告しました。それなのに……」

「マイネ、一端静まりなさい。ヤートに説明するのが先よ」

「母さん、……わかったわ」

「ガルも良いわね?」

「…………チッ」


 姉さんは兎も角、兄さんの舌打ちはダメだよ。あっ、父さんにかなり強めの拳骨を頭に落とされた。うずくまっている兄さんを見る限り相当痛そうだ。


「ヤート、こちらのサムゼン殿は、お前に用が合ってきた」

「僕に用?」

「そうだ。サムゼン殿、先ほどの話をヤートに頼む」

「ありがたい。ヤート殿、久しぶりだな」

「そうだね。僕になにか用?」

「実はな姫様が、ぜひヤート殿に直接お礼を言いたいそうなのだ。それでだ……王城に来てはもらえないだろうか?」

「……一応聞くけど、僕に拒否権はあるの?」

「ヤート殿が普人族ふじんぞくであれば王族からの要請は断ることは難しいがヤート殿を始めこの村の方々は竜人族りゅうじんぞくであるから強制はしないよう言われている」


 へえ、意外と妥当な考えをしてくれるんだな。それなら僕の答えはただ一つ。


「それじゃあ断るよ。行きたくない」

「……理由を聞いても良いだろうか?」

「簡単な話だよ。前も話したけど僕は面倒くさい事に巻き込まれたくない。王城なんて行ったら、こんな見た目だしたくさんの人目に触れて確実に面倒くさい事の方から寄ってくる。珍しいものが好きって奴いるんでしょ?」

「……そうだな」

「それだったら嫌だ」

「そうか」

「というか、サムゼンさんは断られる事を前提で来てるよね?」

「……やはり、わかるか?」


 僕の指摘にサムゼンさんはやりきれない表情になる。


「サムゼンさんの顔見てたら、そんな気がした」

「王や王妃、姫様にも、ヤート殿は、こういう事を好まないと、はっきり申し上げたのだがな。……申しわけない」

「サムゼンさん仕えてる立場だから、王族に言われた事はやらないといけないとは思うけど面倒くさいね」

「……お見通しというわけか」

「うん、あっ、でも、このまま帰ると、それはそれでサムゼンさんが面倒くさい事になるか。……それじゃあ条件を言っておくよ」

「条件?」

鬼熊オーガベア破壊猪ハンマーボアを連れていっても良いなら行くって伝えて」

「それは……」

「サムゼンさんが説得して、なんとか嫌がる僕から条件を引き出したって感じにすれば良いよ。あと「王族の要請に条件を付けるとは無礼な」みたいな事を言う人がいると思うけど、そういう人には「竜人族りゅうじんぞく普人族ふじんぞくの権威が通用すると思うな。この想像力のない石頭が」って伝えといて」

「……わかった。伝えておく」

「うん、よろしく」


 その後、少しお互いの近況を話してサムゼンさんとその部下が帰って行くのを見送った。


「はぁ」

「ヤート、ため息なんてついてどうした?」

「また、面倒くさい事になるなって」

普人族ふじんぞくに高位の魔獣が受け入れられるわけがないから確実に向こうが引くだろう」

「僕も、そうだと思うんだけど……」

「何かあるのか?」

「嫌な予感がする。こういう予感って悪い奴ほど絶対当たる」

「……そうだな」

「……はぁ、これで大神林だいしんりんの最奥に行くのは、しばらく無理か」


 僕がポツリとつぶやいたら、いっしょにサムゼンさん達を見送ってたみんなが止まり、少ししてから姉さんが僕に確認してくる。


「ヤート、今なんて言ったの?」

「何って、大神林だいしんりんの最奥に行くのは、しばらく無理かって言ったんだけど」

「行くつもりなの?」

「うん、でも、一人でじゃないよ。ちゃんとあの二体に案内してもらうから良いでしょ?」

「ヤート、お前は大神林だいしんりんの最奥が、どういう場所か知っておるのか?」


 僕の言葉に今度は村長むらおさが僕に話しかけてくる。


「あの二体と同格か、それ以上の魔獣がいるところだよね」

「そうじゃ、なぜ、そのような場所に行きたいんじゃ?」

「二体の住処すみかが見てみたいって言うのが理由」

「そうか……、危険を感じたら、すぐに戻ってくるんじゃぞ。それと最奥に行く時は、きちんと言うんじゃぞ」

村長むらおさ!! そんな簡単に許可しないでください!!」

「他のものならば許可はせん。しかし、ヤートなら話は別じゃ」

「しかし、さすがに危険です」

「まあ、聞くんじゃ。まず、ヤートならわしらの許可が無くとも、ごく自然に散歩の延長として行けるじゃろ。そうなると突然、ヤートが何日も戻らない事になる。じゃが、前もってヤートから行くと知らせてもらえれば、わしらも心構えなり待つ事もできるはず」

「「「「…………」」」」

「わしは、いつかは大神林だいしんりんの最奥の様子も探る必要があると思っておった。しかし危険性から今まで何もしなかったがヤートに行ってもらえるならば最上じゃ。お主らも、ヤートの魔法、豊富な知識、未知の場所に行く時に必要な冷静さ、判断力、精神的な図太さ、その他様々な理由からヤートが適任と思うじゃろ」

村長むらおさ……、僕の事言ってるけど最後の方はほめてないよね?」

「ほめとるよ」

「……良いけど」


 ジトっとした目を向けると村長むらおさは明らかに目が泳いでたけど、せきをしてそれを誤魔化すように話を続けた。


「ゴホン。今回のサムゼン殿の申し出に関しては様子を見るしかないが今後もしヤートに関わる面倒な事態が起こったならば、ヤートを最奥にやってヤートは村にはいないと言えば良い。それでわしらにヤートを呼んでこいというなら、わしらでも最奥に行くには準備が必要になるから無理と断る事ができ、万が一、ヤートへの脅迫のためにわしらに何かしようとするなら、その時は潰せば良いじゃろ。わしからは以上じゃが何かあるかの?」

「「「「…………」」」」


 みんなは何か考えてるけど、この流れだったら僕が大神林だいしんりんの最奥に行くのは問題なさそうだ。すぐに許可がもらえて良かった。ただ、なんで村長むらおさの潰す発言で、みんなが指とか肩をバキバキ鳴らして殺気立つの? というか「その方が都合が良いわね」って、姉さん何するつもり? 父さんと母さんも魔力が漏れてるし、あ、兄さんがニタリって笑ってる。それに何となく隣を見たらリンリーがいて「ウフフ」ってうつむいて笑ってる。……色んな意味で大変な事になりそうだから面倒くさい事になってほしくないな。



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◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

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