大神林にて 悩みと笑顔
リンリーとの散歩ために出かける準備をしていると、父さんと母さんが声をかけてきた。
「ヤート、もう行くの?」
「うん、考えてみたら今日の朝っていうだけで、細かい待ち合わせの時間を決めてなかったから早めに門に行って待ってようと思って」
「そうか……、ヤート、とりあえず落ち着いていくんだぞ」
「父さん、散歩で慌てる事は無いと思うけど?」
「まあ、そうなんだが……」
「それにいつも言ってるけど僕は自分にできない事はしないよ。それじゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい。ヤート、リンリーちゃんの事をちゃんと考えるのよ」
「…………わかった。行ってきます」
なんで父さんも母さんも、散歩に行くだけなのにあんな事言ってくるんだろ? 兄さんと姉さんも、昨日からやたらと心配してきたしなんでかな? ……早く門に行こう。
門に着くと、すでにリンリーが待っていた。僕はいつもの散歩の時間よりも早く来たんだけど、いつから待ってたんだろ?
「待たせて、ごめん。それと、おはよう」
「あ、おはようございます!!! いえ、大丈夫です」
「いつから待ってたの?」
「えっと、太陽が顔を出した頃です」
「……確かに今日の朝って約束だったけど、いくら何でも早すぎ。なんでそんな事を?」
「誘ったのは私なのに待たせたら悪いので」
「……その気持ちはうれしいけど、やっぱり早すぎるよ。散歩なんだから気楽に行こう」
「は、はいっ!!!」
散歩なのに気合いが入りすぎだ。散歩って僕が思ってるより気合いを入れないといけないものなのか? ……これはリンリーに何かあった時の事を考えといた方が良いかもしれない。とりあえず、リンリーを無事に帰せるように心がけよう。そんな事を考えながら散歩に出発した。そして少し歩くとリンリーが恐る恐る聞いてきた。
「あの、今日はあの二体と、いっしょに行くんですよね?」
「その内来ると思う」
「…………そうですか」
「会ってみて、あの二体といっしょの散歩が無理そうなら今日は二人で散歩すれば良いよ」
「すみません」
「なんで謝るのかよくわからないけど、僕の行動がかなり変わってるって事は自覚してるから気にしないで。ところで、どこか行きたい場所ってある?」
「え、あの、あまり散歩はしないんで、どこが良いとか、その……よくわからないです」
「そう、じゃあ、まず僕が行きたい場所を最初の目的地にして良い?」
「は、はい!! 大丈夫です!!」
森の中を二人で歩く。……変な感じだ。魔獣の
「あの……」
「何?」
「ずっと何か考え込んでるようですし、私との散歩はやっぱり迷惑でしたか?」
「そんな事ないよ。そんな事はないけど……、なんか変な感じだなって思ってさ」
「変な感じですか?」
「うん、今まで僕が竜人でいっしょに散歩したのは、兄さんと姉さんと青のイリュキンの三人だけなんだけど、その三人と散歩してる時はこんな感じはなかったんだよね」
「どんな感じなんですか?」
「背中がムズムズするっていうかゾワゾワするっていう感じかな。リンリーはそんな感じする?」
「いえ、私はそういうのはないですけど……」
「別に嫌な感じじゃないから良いんだけど初めて感じたから気になる」
僕が考え込んでいると隣を歩いていたリンリーが立ち止まる。不思議に思って見てみるとリンリーは手をギュッと握って僕を見ていた。
「どうかした?」
「私はドキドキしてます!!!!!!」
「…………えっと?」
「その、男の子と二人で出かけるのは初めてなのでドキドキしてます!!!!!!」
「そ、そうなんだ」
なんでいきなり大声で、そんな事を言ったんだろ? 僕が困惑しているとリンリーはハッと何かに気づいたように慌てだした。
「えっと、す、すいません!! 突然変な事を言っちゃって、ごめんなさい!!」
「大丈夫。もう少し歩いたら目的地に着くから、とりあえず散歩を続けよう」
「そうですね。ところでどこに向かってるんですか?」
「あ、まだ言ってなかったか。ごめん。今向かってるのは
「
「うん、久しぶりに見たくなった。それと……もしかしたら良いものが見れるかもしれないんだ」
「楽しみにしてます!!!!」
「それじゃあ行こう。あと今日は二体は来ないみたい」
「そうなんですね。わかりました」
いろいろリンリーに気になる事はあるけど、なんかリンリーは緊張してるから今は聞かない方が良い気がする。そう判断した僕は、まだまだぎこちないリンリーと話しながら目的地に向かった。
樹々が密集して薄暗い中歩いていると目的地に着いた。僕とリンリーの前に広がるのは色々な珍しい植物がある
「…………すごい」
「僕もそう思う」
「ヤート君は、いつもこんな素敵なもの見てるんですね」
「植物にはそれぞれ時期があるから、いつもじゃない。たまたま
「そうなんですか……」
「朝から歩き通しだから少し休憩しよう」
「私は、まだ大丈夫です!!!」
「良いから良いから、もしかしたら休憩中に良いものが見れるかもしれないしね」
「ヤート君がそう言うなら」
「うん、それじゃあ、はい」
「ありがとうございます」
リンリーにリップルを一つ渡すと二人で並んで
「さっきから僕の事をチラチラ見てるけど、どうかした?」
「えっ!?」
「僕に何か聞きたい事でもあったりする?」
「…………」
僕が聞いた途端にリンリーが黙ったからリンリーを見ると下を向いて何かを考えているようだった。父さんと母さんにリンリーの事を考えるように言われたけど、今の場合はどうすれば良いんだろう? こんな時に似たような経験があれば良いんだけど、前世ではまともに人と話した事ないし今でも同年代と話す事なんてほぼ無い。……本当にどうすれば良いんだろう?
僕は僕で今の状況に悩んでたらリンリーがポツリと呟いた。
「…………私は自信がないです」
「自信?」
「周りのみんなは狩りにうれしそうに行ってるんですけど、私は獲物が見えると緊張して動けなくなります。ヤート君は、そんな風に緊張しませんか?」
「うーん、そういうのは無いかな」
「……そうですか。ヤート君は強いですね」
「僕のは強いのとは違うと思う。僕は自分が何をできるのか大体わかってるから無理をしないだけ。リンリーのは上手くできるかわからないから不安になって、それで緊張してるんだと思う」
「私は自分がわかってないって事ですか?」
「そうだと思う。だから色んな事をやってみて少しづつ自分の事を把握すれば良いよ」
「…………」
「具体的に言うと、まずは笑ってみれば良い」
「えっ?」
「朝からリンリーの表情見てるけど一回も笑ってない。ずっと何か思いつめて焦ってる感じ」
「それは……」
「思いつめて焦って暗い顔になってもできるようにはならない。だったら笑った方が良いよ。笑えるって事は自然体って事だからね。きっと大体の事は自然体の方が余裕がでてうまくいくよ。…………ほぼ無表情の僕が言っても説得力が無いかな」
「いえ、ヤート君が言ってる事は合ってると思います」
「じゃあ、笑って」
「……えっと」
「ほら、笑って」
「どう……でしょう」
うん、見事なまでに引きつってる。笑おうとする事に必死になって確実に笑えてない。笑い慣れてないのか単純に緊張してるせいなのかどっちだろう?
「ダメでしょうか?」
「思いっきり引きつってる」
「うう……」
リンリーが落ち込んでる。うまく笑えないだけで落ち込むくらいだから、きっとすごくリンリーは真面目だと思う。真面目だから真剣に考えて緊張や不安が大きくなっていったのか。……うん、それだったらリンリー緊張が解けるようにすれば良いって事だな。僕はそう考えて
「ヤート君?」
「ここに来れば良いものが見れるかもしれないって言ったよね」
「言ってましたね」
「待ってても見れたと思うけど今見せてあげる」
「あの……」
「
僕が魔法を使うと僕の足元の
「きれい……」
「
僕とリンリーは最後の光の粒が地面に弾けて消えるまで
「ちゃんと笑えてる」
「え?」
「今、リンリーは笑えてるよ」
「……あ」
僕の言葉が意外だったのかリンリーは自分の頬を触る。すると自分の口角が自然に上がっているのがわかったのか小さく驚きの声をあげた。
「私、笑えてますね」
「そうだね。可愛いと思うよ」
「えっ!!」
「朝から思ってたよ。笑えば可愛いのにって、ずっとね」
「ふぇ!!! …………あ、うあ」
あれ? なんかリンリーが慌てだした。どうしたんだろ? いきなり魔力がそれなりに動く環境にさらされたから体調が悪くなった? だとしたらまずい。僕はリンリーの体調を同調で確かめるために近づいていく。すると僕が近づいて行けば行くほどリンリーのうろたえ具合が増していく。額に手を当てると、すごい熱だった。
「すごい熱。体調が悪くなったんなら早く言ってほしかった。すぐに熱冷ましを作るから座ってて」
「えっと、大丈夫です!!!!」
「いや、無理しなくても」
「これは、そういうんじゃないんで本当に大丈夫です!!!!!!」
僕が作業に入ろうとしたらリンリーが止めてきた。なんかすごい必死になってる。確かに同調した感じだと熱は高いけど体調には問題なかった。でも本当に大丈夫かな? 僕が納得できずにいると、リンリーが遮るように話しかけてきた。
「き、休憩できたんで散歩を続けましょう!!」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫です!!! さあ、いき」
歩き出そうとしたリンリーの動きがビタッて止まった。不思議に思ってリンリーが見ている方を見てみると兄さんと姉さんと二人の狩り仲間のみんながこっちを見ていた。
「……みんな何してるの」
「あ、いや、これは……あれだ!! なあ、マイネ!!」
「そうよ!! あれよ!! あれ!!」
兄さん、姉さん含めたみんなが、すごい勢いで喋ってる。目が完全に泳いでるから悪いとは思ってるみたいだ。ただ横にいるリンリーを見るとうつむいて微かに震えている。二人っきりと思っていたのに今までの事が見られてたとわかって恥ずかしかったみたい。…………やるか。
「
「ヤート、謝る!!! 謝るから、ちょっと待ってくれ!!!」
「リンリー」
「……何ですか」
「こういうのは僕が気づかないとダメなのに気づけなくてごめん。まさかつけられて見られてるとは思わなかった」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ、ぶちのめしてくるから、ちょっとだけ待ってて」
「えっと、その、さすがにケガをさせるは……」
「ああ、大丈夫。交流会の時に赤の
「そうですか……、じゃあ待ってますね」
「うん、すぐ戻るから」
僕とリンリーの会話が聞こえて僕の本気具合を感じたのかみんなが全力で逃げていった。逃がす訳が無いけどね。それにしても普段なら何かしら気づくはずなのに、まったく尾行に気づかないなんて僕も今日の散歩で舞い上がってたって事か。こういうのは男としてダメな気がする。これから女の人と行動する時は気を付けよう。僕はそんな事を考えながら、みんなを
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◎後書き
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
感想・評価・レビューなどもお待ちしています。
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