黒の村にて 困惑と緊張

 今日の散歩はどこに行こうかな? 大体は鬼熊オーガベア破壊猪ハンマーボアに任せて遠出になったりするんだけど、そろそろ黒影草シャドウリーフとか音花サウンドフラワーが良い感じになってる頃だし久々に見たいから、たまには近場も悪くないか。


「あの……」

 

 そういえば交流会から帰ってきて、だいぶ落ち着いたし本を読んだり屋内作業もしないといけない。別に勉強とか屋内作業は嫌いじゃないから良いんだけど、それでもやっぱりのんびり散歩してたいから、呼び出されるまでは好きにしてよう。


「あの!!」

「うん?」


 すぐ後ろで声がして振り向くと、何となく見覚えのある女の子が立っていた。確か写本とかの屋内作業で何度か同じ班になった事があったはず。


「あの、良いですか?」

「兄さんと姉さんなら、まだ家にいたよ」

「ガル君とマイネさんじゃなくて、私はヤート君に用があります」

「へえ、僕に用なんだ」

「……なんで少し驚いてるんですか?」

「兄さんと姉さん以外で僕に声をかけてくる年少組がいると思わなかったから」

「そ、そうですよね」


 実際、僕は基本的に一人で行動している。交流会に行く前くらいから大人達とは、少し話すようになってきたけど、兄さんと姉さん以外の年少組とはほぼ絡んだ事がない。それなのになんでこの子は、いきなり話しかけてきたのかな? 


「それで?」

「えっ?」

「僕に用があるんでしょ? 何?」

「あ、それは、その……」


 ……何だろ? 僕に用があるのに、なんでその用件を言わないんだろ? それになんか妙に緊張してるし僕が黙って言ってくるのを待ってたら、さらに緊張して焦ってきたのか涙目になって口をモゴモゴしている。僕らを見ている周りの大人もどうにか助け舟を出そうと機会を伺っているけど、そんな周りの様子に気がついてない。……周りからも何とかしろっていう視線が飛んでくるから、僕が何とかするしかないみたいだ。


「はい」

「ふぇ!?」

「これ食べて」

「え? これは?」

「良いから食べる。ほい」

「ムグ」


 話を聞くよりも前に、まず落ち着かせる事した。そのために僕は腰の小袋から一枚の小さな葉を取り出して、ちょっと強引に口に入れた。ちなみにこの子の口に入れたのは静心草クワイエットグラスっていう奴で、その名の通り鎮静作用がある。鎮める青リリーブブルーよりは、かなり効果は小さいけど緊張を解したり和らげたりするなら、こっちの方が良いはず。それにこの静心草クワイエットグラスは、口に入れた時にほんのり甘くてスースーするから、それも今のこの子には効果的だと思う。……よし、涙目じゃなくなってきたから落ち着いたみたいだ。


「落ち着いた?」

「……はい、すいません」

「それでだけど、僕は兄さんと姉さん以外の年少組と絡みがほぼない。だから、まず名前を教えてほしい」

「ご、ごめんなさい。私はリンリーて言います」

「僕の名前は知ってるみたいだけど、僕はヤーヴェルト。みんなからはヤートって呼ばれてる。それで僕になんか用? 鬼熊オーガベア破壊猪ハンマーボアを待ってると思うから散歩に行きたいんだ」

「は、はい、実は……」

「うん」

「そのですね……」

「うん」

「えっと……」

「……僕は散歩に行きたいんだけど」


 …………僕が少し強めに言うと、それだけでリンリーがまた涙目になってきた。さっきも思ったけど何なんだろ? そんなに言えない要件なのかな? でも、それだったらこんな人目に着く場所で言わないはずだし。…………言い出しづらいなら、またにしてもらった方が良いか。


「ここじゃ、言い出しづらいなら移動する? それとも時間をあける?」

「いいえ!! い、言えるので大丈夫です!!」


 涙目で微妙に身体が震えてたら、まったく説得力が無い。これは長期戦になるなって考えてたらリンリーが深呼吸を始めた。そしてキッと鋭い目をした。ここまで覚悟を決めないと言えない事って何? 周りも自然と緊張感が高まってる。


「私に散歩のお供をさせてください!!」


 周りにいた人達がガクッと体勢を崩して転んだり大きく目を開いたりしていた。うん、どう考えても、そこまで覚悟を決めて言う事じゃない。……でも、覚悟がいる事は人によって違うから、僕にとってはなんでも無い事でもリンリーにとっては今がそうって事かな。


「いっしょに散歩に行くのは良いよ」

「本当ですか!!」

「うん、大丈夫。それでなんだけどいくつか確認して良い?」

「は、はい!!」

「散歩は今日が良い?」

「いえ、いつでも大丈夫です!!」

「今日はやめとこう。……じゃあ、リンリーが良ければ明後日でどう?」

「明後日ですか? 私は大丈夫です」

「うん、じゃあ明後日にしよう。たぶんだけど、明後日なら良いものが見れそうな気がするから、その方が良い」

「わかりました!!」

「あと、二人きりの方が良いよね?」

「ふぁっ!!」

「何も言わないと確実に、あの二体といっしょになる」

「あっ、だ、大丈夫です!!」

「…………無理する必要は一切ないよ?」

「大丈夫です!!」

「わかった。当日にあの二体に会ってから決めよう」

「はい!!」

「じゃあ、明後日の朝に迎えに行くから」

「ふぇっ!!」

「うん? 待ち合わせの方が良い?」

「えっと、……門での待ち合わせでお願いします」

「わかった。それじゃあ散歩に行くから、また明後日に」

「わかりました。明後日はよろしくお願いします」

「うん」


 僕とリンリーが別れて歩き出すと、ずっと僕達を見ていたみんなが騒がしくなった。次々に「あの二人は面識あったのか?」とか「村長むらおさに知らせろ」とか言ってる。ただ、いっしょに散歩に行くだけなのに、なんで騒ぎになるんだろ? まあ、良いか。今日の散歩に行こう。




 ……散歩から帰ってきたら家族全員から「大丈夫なのか?」とか「頑張るのよ」とか言われた。みんな大げさだ。



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◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

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