幕間にて ヤートの強さと我慢

「はじめまして僕は黒のヤーヴェルト。みんなからはヤートって呼ばれてます。今日からしばらくの間、お世話になります」


 こいつは変わっている。


 ヤートの一言目を聞いた瞬間に思ったのは、これだった。確かに竜人族りゅうじんぞくも目上のものには敬意を払うが、ここまでバカ丁寧なあいさつをされたのは初めてだ。その後すぐに俺がヤートに普通に話すように言ったら話し方を素のものに戻した。なんというか欠色けっしょくって事を別にしても話し方・態度・その他全てがガキらしくない。ヤートから少し離れてラカムタに聞く。


「なあ、ラカムタ。あいつ、ヤートはどんな奴だ?」

「漠然とした質問だな。……ヤートか。そうだな……竜人族りゅうじんぞくらしくない奴だな」

欠色けっしょくだしな」

「いや、欠色けっしょくという事を除いても、ヤートは竜人族りゅうじんぞくらしくない」

「どういう意味だ?」

「ヤートは竜人族りゅうじんぞくが当然持っている強さへの憧れや欲望を持っていないし、そして身体的にも魔力的にも弱い事を一切気にしていない」

「…………なんでだ?」

「それはヤートのよく言う言葉に関係している」

「言葉?」

「「歩けて食べれて喋れる。なにも問題ないよ」だとさ」

「それを八歳のガキが言ったのか?」

「そうだ。欠色けっしょくの自分を丸ごと受け入れてる」

「普通だったら、周りより弱い自分に焦ったり絶望したりするはずだぞ。だがヤートの目には、そんな暗い感情が一切なかった。なんであんな目ができる? 俺がガキの頃だったら、そんな事は絶対できねえ」

「それは俺も同じだ。というか、竜人族りゅうじんぞく獣人族じゅうじんぞく鬼人族きじんぞく……他にもいるが、自分の身体に自信を持っている種族には絶対できない事だ。…………なあ、イギギ。強さっていうのは、いろいろあるんだな」

「急にどうした?」

「ヤートを見ていると、いつも思う。あいつは俺達とは違う強さを持っているから、俺達のできない事ができるってな」

「ヤートは欠色けっしょくだろ? それでも強いのか?」

「交流会に入れば遅かれ早かれヤートは確実にケンカを売られるだろう。だから、その時に実際に見れば良い。そうじゃないと、あいつの強さはわからない。ただし……」




 決闘をしているヤートとクトーを見ていたら昨日のラカムタとの会話を思い出した。身体的にも魔力的にも間違いなくクトーが勝っている。だが、状況はクトーが圧倒的に負けている。ヤートの受けない競り合わない戦い方は、クトーの言う通り竜人族りゅうじんぞくらしくない。…………ああ、そういう事か。


「ラカムタ、ヤートの強さは自分の事をわかってるって事か?」

「それもある。ヤートは自分が弱い事を理解していて、さらに自分に何ができて何ができないかも理解している。経験を積んだ大人でも、これができない奴は多い」

「そうだな。で、他には何がある?」

「まったく、もう少し考えてから言え。……まあ良い。ヤートはな冷静で揺るがない」

「なんだ、精神論か?」

「ああ精神論だ。普通だったら俺もうさんくさいと思うが、ヤートの場合は違う。聞くか?」

「……聞かせてくれ」

「ヤートは揺るがない。それがどんな時でも、例えば目の前に高位の魔獣が現れても、自分の命が危ないとしてもだ。そして、どんな時でも冷静だ。冷静に状況を見極めて自分にできる事をやる」

「それは、壊れてるだけじゃねえのか?」

「…………じゃあ聞くが、お前はヤートと話して壊れた感じを受けたか?」

「それは……なかったな」

「そうだろ? それにな、ヤートが壊れている事は絶対にありえない」

「なんでだ?」

「ヤートは、基本的に平和主義だから騒がしいのは好きじゃない。いつも本を読んだり散歩したりしている。そんな生活を壊れている奴や戦闘狂ができるわけがないだろ」

「なるほどな」

「まあ、どれだけ俺が言葉を重ねようと証明できるわけじゃないが、すぐにこの決闘は終わるからその後にでもヤートと話せば良い」


 ラカムタに言われて、慌てて視線を戻すとクトーが殴った形のまま止まっていて、よく見ると必死な顔で動かそうとしても身体が微かにピクッと震えるだけのクトーに何が起きたのかは、ヤートの言葉ですぐわかった。


「お前が砕いた植物の名前は痺れ根っていう奴で、その名の通り樹液に強力な麻痺成分がある。特に根の部分に多く含まれていて、しかも樹液は空気に触れると麻痺成分はそのままに気化する性質を持つって言えば分かるよね?」


 この後ヤートが、クトーを取り囲むように射種草シードショットを発動させた事に、この決闘を見ていた黒以外の全員が驚いたはずだ。どう考えても魔力が少ないはずのヤートが発動できる規模じゃない。


「なぜ……? 君は……欠色けっしょくは魔力が少ないから、こんな大規模な事はできないはずなのに。その事は君には当てはまってないのか?」

「いや、当てはまってるよ。普通にやると、二本が限界。でも、いろいろ工夫すれば、これくらいはできるようになる」

「説明は……」

「僕が正直に手の内明かすと思う?」

「…………すまない。続けてくれ」


 イリュキンの動揺はよくわかる。俺もすぐにでも問いただしたい。本当にヤートは何なんだ。欠色けっしょくは弱いはずだ。なんで俺でも簡単にはできない事ができる? これがラカムタが言っていたヤートの持つ強さなのか? そんな事を考えていると周りの空気が変わり全ての射種草シードショットがクトーに蕾の射出口を向けていた。そして、ヤートが軽くポンッと射種草シードショットを叩くと、クトーを囲むように生えていた全ての射種草シードショットが種を動けないクトーに射ちこんでいった。




 数分経って鈍い音が止み着弾地点の煙が晴れると、そこには服がボロボロになり身体中を赤黒い痣に覆われたクトーがボコボコになった地面に倒れていて微妙に痙攣していた。とりあえず気絶しているだけで死んでいない事にホッとしたが、この後ヤートがどうするのかわからないから気を引き締める。万が一、ヤートがこれ以上クトーに攻撃するようだったら、絶対に止める必要がある。周りの奴らも同じ事を思っているのか緊張が走ったが、あっさりとヤートは自分の席に戻り空を見上げていた。その後はクトーの手当や決闘の後始末を指示していても、チラッとヤートを気にしてしまう。そんな風に意識していたからか、ヤートのつぶやきが聞こえた。


「二度と竜人族りゅうじんぞくとは決闘しない。頑丈で厄介だから割に合わない」


 ヤートのつぶやきには、決闘の興奮も恐怖も後悔も何も感じられなかった。すでに自然体で、この目で見ていなければ決闘をしていたと言われても信じられないくらいだ。俺がヤートと同じ頃だったら、おそらく興奮がしばらく冷めなくて無駄に身体を動かしていたはず。…………いかんな。どうしてもヤートと自分を比べてしまう。理解できないヤートの強さを、味わってみたいと思ってしまう。これは本当にラカムタの言った通りだな。




「ただし……、覚悟しておけよ」

「覚悟? 何に対してだ?」

「ヤートの強さは、俺達のような普通の竜人族りゅうじんぞくには理解がしづらい。そんな理解できない事にあった時にとる反応は、離れるか引き寄せられるかの二つだ。イギギ、お前は後者だろうから、我慢しなければならないのを覚悟しろよ」


 やっぱり、顔役になるもんじゃないな。こんだけ面白い奴が、目の前にいるのに戦えない。どうしたものかと途方に暮れながら、俺は決闘の後始末に追われていた。



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◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

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