始まりの旅にて 兄弟連携と諦め
旅に出て早くも七日が経った。その途中には崖や山や川や谷があり僕以外のみんなは身体能力に任せて自力で強引に突破して行く。ちなみに僕は平坦なところは自分で走ったけど、それ以外の難所――難所と言っても僕にとってで、他のみんなは余裕だった――は、背負ってもらったり
……まさか、谷や川を超えるために向こう側に投げられるとは思わなかったな。途中から諦めたけど荷物扱いはちょっと微妙な気分になる。効率良いのはわかるけど、なんか素直に良しって言う気になれない。
何より微妙なのは僕を投げるのが兄さんで受け止めるのが姉さんという事だ。しかも今も僕の目の前に肩を回している兄さんがいて、崖の向こう側で大きく手を振っている姉さんがいる。どうやら僕はまた投げられるみたいだね。
「ヤート、マイネが向こうに行ったから準備できたぞ」
「これで五回目だけどさ、投げられないとダメ? みんななら誰が僕を背負っても、この谷を超えられるよね?」
「そりゃあ、俺がお前を投げたいからだ」
「……それ本気で言ってる?」
「当然、本気だ。どうしたんだ?」
「僕がおかしいみたいな感じになってるけど、どう考えてもおかしいのは兄さんと姉さんだからね」
「どうでも良いだろ? 早くしろ」
「どうでも良くないよ。……はぁ」
やっぱり、諦めた方が良さそうだ。とりあえず変な事にならないように、ちゃんと投げられよう。
僕は兄さんと谷に向かって並び数回準備運動の屈伸をしてから兄さんを見るとうなずいてきた。兄さんも準備できてるみたいだから僕が先に谷へと走り出したら兄さんも僕の少し後を追うように走りだす。僕が谷の手前まで来ると兄さんが速さを上げて僕に追いついてくる。
僕が近づいてくる兄さんの足音を聞きながら足を抱えるように跳ぶと、追いついた兄さんが僕の足裏に手を当てて走ってきた勢いを利用して僕を砲丸投げの球のように放り投げた。ちなみに兄さんに投げられる瞬間に合わせて僕は兄さんの手を蹴って跳び出しているから、その勢いも加わっている。その兄さんとの協力? のおかげで僕は自力じゃかなり危ない二十ルーメ(だいたい前世でいう二十メートルと同じくらい)の谷を超えていく。
はぁ……、あと何回この曲芸みたいな事をしなきゃいけないんだろう。……いけない。考え事をしてて少しズレた方向を修正しないと危ない。その後、勢いを殺さない程度に身体を動かして修正し、最後に半回転して姉さんの方に足を向けると姉さんに受け止めてもらった。…………僕は明らかに一回目より投げられた後の制御がうまくなってるね。
「今回も上手く投げられたわね」
「兄さんにも言ったけど、姉さんと兄さんはやってる事がおかしいから」
「気にしなくて良いわ」
「気にするってば」
「あら、楽しくない?」
「楽しくないって言うと嘘になるけど……」
「だったら良いじゃない」
本当に言っても無駄って感じだ。まあ、前世だと絶対にできなかった事を体験できてると考えれば良いのかな?
「やるなヤートの奴。方向の修正もして、最後に勢いも上手く殺しているな」
「当たり前だぜ、ラカムタのおっさん。あいつは俺達と違って、いろいろ器用だからな」
「ガル、次は俺に「ダメに決まってるだろ」……なぜだ?」
「ヤートを投げるのは俺かマイネで、ヤートを受け止めるのも俺かマイネって決まってるからだ」
「理由になってないぞ。もっと具体的な事を言え」
「ラカムタのおっさん達の腕前を舐めてるわけじゃないけど投げるのを俺達以外にやらせたくない」
「なるほど、ヤートを独占したいわけか」
「……そんなんじゃねえよ」
姉さんと崖の向こう側を見てたら、兄さんとラカムタさんの様子が変だった。
「なんか兄さんとラカムタさんが軽く言い合ってる?」
「そんな感じね。でも、気にしなくても良いわ。それよりヤート、身体に変な感じはない?」
「……投げられるたびに聞いてくるけど、それだったら兄さんにも言ったけど僕を背負って跳んでくれれば良いのに」
「あら、良いじゃない。私とガルは狩りや採取をする屋外班で、ヤートは屋内班だし外に行く時も基本一人で行動してるでしょ?」
「それが?」
姉さんがニコって笑ってきた。
「たまには三人で遊びたいって事よ」
「…………言いたい事はわかるよ。でも今の状況だと投げられる僕が、兄さんと姉さんのおもちゃになってるよね?」
「そういえばそうね……。でも、跳ぶのは気持ち良いでしょ?」
「確かに普段見れない景色だけどさ、なんか投げられるのは素直に喜べない」
どうやら兄さんと姉さんにとって、僕を投げる事が兄弟の交流になっているらしい。三人で遊ぶ事は確かにほとんどなかったけど、それをわざわざ旅の途中の谷越えや川越えなんかでするんじゃなくて、もっと日常の別の場面でとかで深めようよ。僕としてはもっと安全を重視したいけど言っても無駄感が半端ない。
どうしたものかなぁ……って考えていたら、向こう側に残っていたみんなが自力で飛び越えてきた。これってやっぱり僕が投げられる必要性が全くないよね? そんな思いを込めたジトッとした視線を姉さんに向けたら姉さんは顔をあさっての方向に向けて口笛を吹き始めた。人ってこんなに不自然な行動ができるんだって少し感心してしまった。
僕が微妙な気分になってる以外は問題なく谷越えを終え、僕達は再び道無き道を進み始める。そういえば旅に出る前にいろいろ準備してたけど今のところほぼ使ってない。唯一、休憩の食事の時に使った
今いる辺りは
「旅だから何か嫌な事が起こるかもって考えてたけど移動手段で驚いた事以外は順調だね」
「俺達の旅はいつもこんな感じだぞ。特に今回はヤートがいるから、いつもより危険が少ないところを進んでいるから、さらに問題は起きにくいはずだ」
「そうなんだ。じゃあ後どれくらいで着くの?」
「そうだな……」
ズガーーン!!
ラカムタさんが考えていると大きな音が聞こえた。そしてズドーーン!! やらドンッ!! っていう破壊音が響く中、僕は思っていた。どうやら前世の小説であったようなフラグを立ててしまったようだ。
「はぁ、口は災いの元か」
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◎後書き
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
感想・評価・レビューなどもお待ちしています。
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