始まりの旅にて 移動手段と意外な評価
村を出発してしばらくすると僕の目の前には、切り立った崖がそびえ立っていた。
今になって旅立つ前から疑問に思っていた事の答えが出たよ。いろいろ旅の準備をする中で父さんにも言ったように旅の経験者に話を聞いていると一つの疑問が出てきた。それは旅に必要なものや危険な場所なんかに関する話はしてくれるのに、旅の移動手段の話が一切出てこない事だ。村に来る商人が使っているような荷車を用意するのかとも思ったけど、村には荷車を引くのに使える動物はいない。
結局どうするのか考えてもわからなかったから、父さんと
なぜなら切り立った崖を自力で登っているみんなと、縄を手にしたラカムタさんが僕の目の前にいるからだ。僕以外の
「ヤート、準備できたから登るぞ」
「ラカムタさん、一応聞きたいんだけど、この旅の移動手段って基本自力?」
「そうだな」
「……僕は体力が無いから村に戻って良い?」
「…………気持ちはわかるが諦めろ」
「……………………わかった」
ラカムタさんは僕を背負うと僕達の身体を縄で固定して、ゆっくりと崖を登り始める。
「苦しくないか?」
「大丈夫だよ。それに多少きつく固定した方が安全だよ」
「なるほど」
「何?」
「ガルとマイネの言った通りだと思ってな」
「兄さんと姉さん?」
「二人から聞かなかったか?」
「ああ、僕の事がよくわからないって話だよね」
ラカムタさんが崖を登りながらうなずく。
「そうだ。二人からお前が考えてる事を聞いた時は驚いたぞ。弱い自分を完全に受け止めているってな。他の
「変に我慢してもラカムタさんの邪魔になるだけだからね。それに僕には強がる理由がない」
「お前にとっては自分が弱く見られる事よりも安全の方が優先なんだな」
「安全を優先するのは普通だと思うけど?」
「フフ……」
僕が素直に自分の考えを言ったらラカムタさんが苦笑した。
「普通……普通か。そのヤートが言う普通の事をできなくて、苦労してる奴らが世の中にはいくらでもいる」
「……そうなの?」
「特に周りの奴らはできるのに自分にはできない。そんな状況になったら精神的に腐る奴や諦める奴は多いし弱さを表に出せない奴もいる。でも、お前は違う」
「兄さんと姉さんにも言ったけど産まれる前に死にかけたからだよ。それに優しい家族がいるし、食べれて話せて動ける今に満足してるだけ」
「確かに一度死ぬ寸前まで追い詰められれば人は変われるだろう。それでもお前みたいに子供の頃から弱さを受け入れてる奴はほとんどいない」
「うーん、他の僕みたいな人に会った事がないから、よくわからないとしか言えないね」
「そうだろうな。まあ一つ確かな事を言うとすれば、ヤートが強いって俺も村の他の奴らも思ってるって事だ」
「……僕が強い?」
崖を登っている時に、なぜかラカムタさんと話し込んでしまった。ラカムタさんや村のみんなの僕への印象を聞かしてもらったけど僕が強いか……。確かに僕は自分の弱さを受け止めてるかもしれないけど、それは諦めてるとも言えると思う。でも、ラカムタさんから言えば僕は諦めた奴特有の雰囲気や目をしてないらしい。
僕とラカムタさんが崖の上に着いた後に全員の無事を確認して歩き出した。すると兄さんと姉さんが僕の両隣りに並んだ。
「ヤート、ずい分ラカムタのおっさんと盛り上がってたな」
「なんか話し込んじゃった。なんでだろ?」
「ラカムタさんって、割と無口なのに珍しいわよね」
ラカムタさんは無口らしい。……どこが? うーん、とりあえずその事は置いといて兄さんと姉さんに聞いてみるか。
「兄さんと姉さんに聞きたい事があるんだけど」
「珍しいわね。何?」
「ラカムタさんに僕が強いって言われたけど、どういう意味?」
僕の質問を聞くと二人は立ち止まり呆れた顔で僕を見ていた。それに周りにいるみんなも、似たような顔をしてるのは何で?
「僕は体力ないよ?」
「あのな、ラカムタのおっさんの言ってる強さは、そういう事じゃねえ」
「ヤートの心の強さを言ってるのよ。それにヤートは私達にできない事ができるでしょ?」
「屋内作業の事? それは兄さん達が苦手にしてるだけで誰でもできる事だよ」
「それでもねえ」
「じゃあ何?」
「ヤート、本気で言ってる?」
「そうだけど?」
僕が首をかしげながら答えると、また兄さん・姉さん・周りのみんなが微妙な顔をしてた。なんか変な事したかなぁ?
「……ヤートが、いっしょに散歩してる奴がいるだろ?」
「
「そうだ。お前怖くないのか?」
「気の良い奴だし怖くないよ。特に毛皮が気持ち良いから、もたれると快適に眠れる」
「ヤートなら
「確か
「そうよ。ヤートは、そんな
姉さんの発言に同意するようなに周りのみんなもうなずいている。それに僕と同じ初めて旅する子の中には悔しそうな顔を向けてくる子もいた。なんでそんな顔をするのかわからなくて、その子を見たらその子はサッと顔を背けてしまった。どうしたんだろ? そんな事を考えていたら話を聞いていたラカムタさんが質問してきた。
「ヤートは、なんで
「血の匂いの先に
「……他には?」
「ちょうど薬草と果物を持ってたからっていうのもある」
「……まだあるか?」
「あとは、なんとなくかな」
「ヤートが強いって言われるのは、そういうところだ」
「どういう意味?」
「何かすごい事をしようとする場合には、たいていは確かな覚悟や理由がいる。だが、ヤートが
「そこだけ聞くと僕が変って聞こえるけど……」
「まぁ、そうとも言えるだろうが他の奴らにできない事をやったんだ。それだけでも、ヤートを強いって認めるには十分だな」
なんか褒められた。兄さんと姉さんやラカムタさん、それに周りのみんなも冗談で言ってるわけじゃなくて本気みたい。
「ヤートどうしたの?」
「えっ、ああ、なんというか褒められるのは…………照れる」
「…………プッ」
「……笑わないでよ」
「すまんすまん」
笑ったラカムタさんをにらんだら頭をポンポン軽く叩かれた。僕の機嫌を伝えようとジトっとした目を向けたら、さすがにラカムタさんは気づいてゴホッとせきをして無理やりごまかした。
「ゴホッ、とりあえずここで話し込んでいても旅は進まない。早いところ今日の野宿予定地点に向かうぞ。いろいろ話し込むのは、その後だ」
強引な切り替えにみんな唖然としていたけど、ラカムタさんの言葉に従ってみんな歩き始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◎後書き
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
感想・評価・レビューなどもお待ちしています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます