生まれてから 生まれた喜びと迫る現実
「
ドアを壊す勢いでバンッと開け竜人の青年が大声を出した。
「なんじゃマット、騒々しい。今は初親達へ色々説明しとる最中じゃから静かにせんか!!」
「そんな場合じゃないんだって!!」
「いったい、どうしたんじゃ?」
「ついさっき、ヘカテ爺さんから連絡があったんだけど、もう一人子供が生まれてたんだ!!」
「なんじゃと!! どういう事じゃ!!」
マットの言葉に、その場にいた全員が息を飲む。本来、卵の状態から一週間の間に自力で殻を破れなければ無事に生まれる可能性はなくなるはずで、
「ヘカテ爺さんが言うには、卵から出られなかった子達を世界に還そうと孵化室に入ったら生まれてたらしい。ただ、かなり衰弱してて辛うじて息をしてる状態みたい」
「魔力の方は、どうなんじゃ?」
「微かにだけど吸収してるってさ」
「そうか……、その子は本当に自力で生まれたのじゃな……」
この世界では種族問わずに生まれてきたものへの試練が存在しており、例えば
「それで誰の子供なんじゃ?」
「マルディさんとエステアさんの子供だって言ってた。それとすぐに来てほしいって」
「マルディ、エステア、すぐに卵育院に行くんじゃ!!」
「「は、はい!!」」
ありえない事が起きて唖然としていた初親達の中でマルディとエステアの二人は、
「あ、それと
「……わしもか? なぜじゃ?」
「わからない。ヘカテ爺さんに、
通常であれば、村内で司祭のような役割になっているヘカテが取り仕切っているため、
「一応聞いておこうかの。マット、お前さんは赤子を見たのか?」
「…………部屋に入る前にヘカテ爺さんに止められたから見てない」
「良いじゃろ。とりあえず、向かうとするかの……」
「マルディ、エステア、行かんのか?」
「え、…………あっ」
「す、すぐに行きます」
四人が卵育院の入口に着くとヘカテが出迎えた。しかしその顔は子供が生まれていたという喜ぶべき事とは逆の何か悩んでいる表情をしていた。
「ヘカテ爺さん、連れてきたぞ」
「うむ、待ち兼ねておったわ」
「ヘカテよ、いったいどうしたんじゃ?」
「マルディとエステアの子供についてなんじゃが……」
「私達の子が、どうかしたんですか!! まさか、世界に還ったんじゃ……」
「そうではない。確かに呼吸や魔力の吸収は弱いが安定しておるから落ち着かんか」
自分が生んだ子がどうなっているのかわからず焦っているエステアをヘカテはなだめた。
「申し訳ありません……」
「ともかく、ヘカテよ。子供に会わせてくれんか? それが一番話が進むじゃろう」
「そうじゃな……、そうするべきかもしれんが……」
「えらく悩んでおるな。この村の生き字引とも言われるヘカテらしくないのう。もう一度言おう、子供に会わせてくれんか?」
「わかった……。こっちじゃ……」
ヘカテの様子に、
「ここにおる」
卵育院の奥まった部屋の前でヘカテは立ち止まり告げた。この事でも四人の困惑と不安は、さらに増した。本来であれば生まれた子供は、卵育院の入口近くにある孵化室の隣の部屋に移されているはずで、建物の入口から真逆にあるような部屋に移されるはずがない。
「マットは他の子供達のところへ行ってくれぬか」
「……なんでだ?」
「中の子の事は、
「…………わかった」
不満げな表情をしていたマットはヘカテの真剣な表情を見て引き下がり、四人に背を向け他の子供達がいる部屋へと向かった。その姿を見送った後に四人が部屋に入ると、柔らかそうな布に全身を包まれて子供用の寝台に寝かされている子供がいた。
寝台の周りには換えの布や万が一のための薬草などがそろっていて、部屋の中は明るく掃除も行き届いており温かい。その事にマルディとエステアの二人は、我が子が他の子供達と同じように扱われていると安心した。
「エステア、抱いてやってくれんか? 二人も顔を見てやってくれんかの。そうすればわしが悩んでおった理由もわかるじゃろ」
「は、はいっ!!」
「子供が寝ておるから、静かにの」
注意されたエステアは慌てて口を閉じ静かに近づいていく。その様子を見て苦笑しつつマルディと
三人で集まり三人ともが子供の無事を実感し、それぞれの顔を見て互いにうなずいた。そして微かに震える手でマルディが、子供の顔の部分を覆っている布をずらしてその顔を見た時三人は凍りついた。その子は
通常、
「ヘカテ、この子は……?」
「おそらくじゃが、『
「あの……、この子はずっと……?」
「文献通りなら一生白いままじゃ……」
あまりに予想外の自体に三人は何も言えなかった。そんな中、先に正気に戻り声を発したのは
「…………ヘカテは何を悩んであるんじゃ? 確かに見た目は白いが、無事に生まれてきたんじゃ喜ぶべきじゃろうて」
「それなんじゃが……、このままこの子をこの村で育てて良いものなのかを悩んでおる……」
「どういう事だ!! いくらヘカテ爺さんでも、その言い方はないだろ!! この村は黒くないと住めないのか!!」
「落ち着かんか……、色の事を言っておるのではない。この子が背負う事になるかもしれない負担について言っておるんじゃ」
マルディはヘカテの言った事の意味がわからず眉をしかめる。
「それはどういう……?」
「わしが言いたいのは、この子がこの村を取り巻く環境に耐えれるかという事じゃ……」
「環境……?」
「『
この村があるのは『
「あとは、この子が将来周りとの差に悩まないかという事じゃ……。三人とも森の外に出て他の種族のところに行った事があるじゃろ? 初めて行った時どう感じた?」
「ヘカテ……?」
「落ち着かんかったのではないか? 周りに自分とは違う種族しかいないという環境じゃ落ち着けたか?」
ようやく三人はヘカテが何が言いたいのか気づく。ヘカテは、周りが家族を含めて全員黒いのに、自分だけ白いという事に悩まないかと聞きたいのだ。
「いずれ慣れるかもしれん。しかし、いずれがいつになるかわからんし、慣れる事ができるのかもわからんのじゃ……。それじゃったら始めから森の外に住んで、様々な種族に囲まれておった方が良いのかもしれん……」
一見すると、白いこの子を村から排除したいというような言い方に聞こえるが、ヘカテの目は心配そうに見ていた。無事に成長できるのか? 村人に特に同年代の子供に受け入れられるのか? 様々な事を心配しての発言だった。
「育てます……」
「エステア?」
「育ててみせます!! この子は一度世界に還りそうになっても生まれてきました。きっと強い子です。この子を信じます。それにこの子には私がいます。一人じゃありませんから!!」
「エステア、それは違うぞ。この子には俺もいる。それにこの子には二人の兄弟がいるんだ。この子一人じゃない。いつか俺と一緒に狩りに行けるくらい強くなるさ」
二人は強く真っ直ぐな目で
「そうか、それでは一足早いが、この子にはこの言葉を贈ろうかの……。この世界に生まれてきた事を、わしらの新たな仲間となってくれる事を感謝する」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◎後書き
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
感想・評価・レビューなどもお待ちしています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます