4.窓頭のバレリーナ

 次に冬子が目覚めると、まったく知らない建物の中に居た。病室に近いが、無機質さは無かった。

 ベッド横にある窓に近づき外を見てみると、渡り鳥の群れが、眼下に広がる大きな湖を泳いでいた。

 きっと以前の冬子なら美しさを感じたのかもしれないが、今の彼女の瞳には、ただ湖と鳥しか映らなかった。


「あ…冬子さん。隣の者です、初めまして。」

冬子がただ外を眺めている間に来客があった。

「僕、隼人って言うんですよ。…隣、いいですか?」

隼人と名乗る少年の質問に、冬子は静かに頷いた。

 二人並んで、ずっと空を見ていた。そのうち沈黙に耐え切れないからか、隼人が身の上話を始めた。

「僕ね、今まで何にも興味が涌かなくて、すぐODしてしまう精神病を患ってまして。ですが…冬子さんに出会ったら、なにか変わった気がするんです。初めて興味というものを覚えました。」

そんな話を聞いた冬子は、彼の顔をじっと見た後、再び外へ視点を戻した。

「…鳴らす鈴の音 心震えん

  紡ぐ調べの 響く行方は

  満ちる希望よ 明日の答えを

  死して憎めば 滾る遺恨よ」

隼人への答えだと言わんばかりに、冬子は唄いだした。

「…すごくキレイな歌声ですね、でも最後がちょっと怖いと思うな…少し変えようよ。」

隼人の声には返事をせず、冬子はそれからずっとこの唄を口ずさんでいた。


 明くる日も隼人は彼女の元を通い続けた。いつの日か正常な精神状態に戻った冬子に会いたかったから。

 それでも彼女は唄うことを辞めなかった。隼人は冬子にオルゴールを渡した。彼女は初めてニコリと笑うと、それを窓近くの空間に置いた。

 〝窓頭のバレリーナ〟が産まれた瞬間だった。

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