3.ブロークン・ハート

 学校が始まると、冬子は学校中から好奇の目で見られるようになった。中でも、いわゆるイジメグループに目をつけられてしまった。

「あんた足が無いのに結構凄いんだ。」

「ほらバレエやれよー!」

「こら、もうただの障害者なんだからやめなって~」

そんな罵り文句を毎日のように浴びさせられたが、冬子は決して何も言わなかった。もし問題が起きたら夏美に迷惑が掛かるかもしれない…そう思ったからだ。

 しかしイジメというものはエスカレートしていくもので、段々と過激を増していった。クラスのほぼ全員から無視されたり、松葉杖を蹴られて転ばされたり。

 松葉杖が折られたので車椅子にしたものの、毎日のように画鋲によるパンクを被っていた。結局安めの松葉杖を再購入することにした。


 そんなある日、ついに決定的な出来事が起こった。冬子が松葉杖を奪われ、体育倉庫に隠された時の事だった。

 放課後、机の中に突っ込まれていた紙に従って、冬子は体育倉庫へ行った。その日は体育館を使っている生徒はおらず、とても静かだった。

 何故か施錠されていない体育倉庫へ踏み込みと、中にはガタイのいい男子生徒が居た。

「おお、本当に来たよ。ダルマでウリやってるって噂は本当みたいだなぁ…それじゃ、いっちょ頼むよ。」

そんな訳のわからない事を言いながら、男子生徒は冬子との距離を縮めていく。

「やだ…やめて…」

怖気ついて後ろに下がろうとするも、松葉杖がない片足の状態では無理がある。すぐに転倒してしまい、這いつくばってでも体育倉庫を出ようとするが、男子生徒は冬子の左足をガッチリと掴む。

「勘弁してくれよ、あいつらに高く払ってんだから。」

冬子は気を失う前に、そんな言葉を聞いた気がした。


 冬子が意識を取り戻したのは、女子たちの笑い声を聞いてからだった。

「うわー、起きた起きた。めっちゃ叫び声聞こえてびっくりしたよ。どうだった?」

「動物園かってくらいうるさかったよ~」

口々にそう言い、ゲラゲラと笑う女子たち。

 彼女は意識も記憶も混濁しており、ほぼ何も分からない状態だった。ただ、泣き叫ぶと首を絞められたこと…それだけは覚えていた。

「…よし、あんたの動画は夏美先生に送っておいたよ。どんな顔するんだろうね!」

女子たちのリーダーがそう言い、冬子は我に返る。

「どういうこと? あの人は関係無いじゃない!」

「あんたみたいな障害者のせいで、私は最後のステージに立てなかったんだよ! あんたらなんて死んじゃえばいいんだ。ほんっとうにむかつくよ。」

リーダーはそう吐き捨てると、取り巻きと共に体育倉庫を跡にする。

 残された冬子はひたすら泣いた。己の無力さ、夏美への迷惑、何も知らなかった無知さを。

 身も心もボロボロになってしまった冬子は、それでも辛うじて自宅に着いたら泥のように眠った。このまま目が覚めたら消えていればいいのにと、そう願いながら。


 目が覚めると、冬子の携帯にはニュース速報の通知が何件か入っていた。

『元バレリーナ、夏美選手が自殺』

寝起きの頭では理解が追い付かなかったが、しかし理解してから冬子は狂いそうになった。あの人が、あの人が死んでしまった…絶対に昨日の動画が原因で…。

 その場で吐き気を催すが、胃を痙攣させるだけだった。涙ですら、昨日のうちに枯れてしまっていた。

 そしてショックが大きすぎたのか、彼女は心臓に強い痛みを覚えてその場に倒れこんだ。

 この瞬間、冬子の心は、死んだ。

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