第174話:ゼウスブレイドのダンジョン攻略⑭
「ギリギリ間に合ったみたいだな」
「だけど、レインズとライラがいないわよ?」
「すれ違うこともなかったですよね?」
安堵するアルバスとは異なり、ジギルとロンドはこの場にいない二人の人物へ思考を巡らせる。
「まあ、いない奴の心配をする必要はないだろう。今はこいつらを安全地帯に──」
『グルオオオオアアアアアアアアッ!!』
しかし、当然ながらランドンがそれを許すはずがない。
さらに言えば、一度自らを倒しているアルバスとジギルが目の前にいるのだから怒りに震えるのも納得がいく。
様子見などする必要もなく、初手からブレスを放出したのだ。
「小僧は小娘を担いで走れ!」
「わ、分かりました!」
「ヴィルさん、クックさん!」
「安心しろ、こいつは──ジギルが倒してくれる」
「ぐぐぐ……ぐぐグ……グルアアアアアアアアッ!!」
ここにきてジギルが自らのスキルを発動させた。
スキル名は──
任意で指定した目標を倒すまでの間、自らの理性を引き換えに身体能力を三倍引き上げることができる強力なスキルである。
ブレスの真横を駆け抜けることで最短距離を進むジギルだが、その肌はブレスに触れていなくても熱波に焼かれて黒く変色していく。
しかし、狂戦士の効果によって痛覚が麻痺しているジギルにとっては即死の攻撃以外は完全無視を決め込み目標へと迫ってしまう。
「ゴオオオオロオオオオスウウウウウウウウッ!」
振り抜かれた直剣がランドンの右前脚を抉り鮮血が激しく飛び散ると、真下を潜り抜けて左後ろ足まで斬り裂いてしまう。
動くランドンの鱗と鱗の隙間に剣を通すのも至難の業なのだが、ジギルはそれをいとも容易く全力で振り抜く中で行ってしまう。
足の踏ん張りが利かなくなったランドンだが、それでも首をねじりジギルを執拗に狙おうとする。
『グルル、グルオオアアアアッ!』
「ジャマダアアアアアアアアッ!」
いつもの明るい声が野太く低い声に変わり、どちらがモンスターの咆哮なのか聞き分けることすら困難になっていく。
お互いに傷を負う中、ここで差が出てきたのは動きの優劣だった。
痛みを感じるランドンの動きは見た目にも分かるくらいに鈍り、その場からほとんど動こうとはしないのに比べて、痛覚が麻痺しているジギルは肌を焼かれようとも、血を撒き散らせようとも、その体が動く限りは目標を殲滅するために動き続ける。
どちらがより人間に近いのかと問われれば、ランドンと答える者がほとんどかもしれないが今回は人間離れしたジギルのスキルがレア度4の希少種という強力なモンスターを上回ったのだ。
「シイイイイネエエエエエエエエエエエエッ!!」
『グギャオオオオアアアアアアアアアアアアッ!!』
首を捻ったタイミングでジギルが肉薄するとカウンターをその首へと滑り込ませる。
このままでは殺されると直感的に理解したのか、ランドンはブレスを中断して首を予定とは異なる方向へと動かして鱗で防ごうと試みた。
だが、その動きに合わせるようにジギルの直剣は並みのようにうねり鱗と鱗の隙間を見逃すことはなかった。
──ザンッ!
聞こえてきた切断音を聞いた者は誰もいなかった。
すでに全員がボスフロアから退避しており、ジギルとランドン──一人と一匹しか残っていなかった。
短期間のうちに二度も破れるとは思ってもいなかったかもしれない。そもそもモンスターに過去、倒された時の記憶が残るなど聞いたこともない。
しかし、今回ランドンが見せた行動原理にはリベンジという言葉がしっくりくるほどにジギルへと執着を見せていた。
アルバスではなく、あの時殺し損ねたジギルへの執着。そして何より、スキルを使わないという手を抜かれたことへの屈辱だ。
それでもランドンの思いが成就することはなく、ゆっくりと首と首が繋がっていた切断面がずるりとずれてそのまま地面へと落下した。
大きな音が地面を揺るがすと、先ほどまでとは全く違う静寂がボスフロアを包み込んだ。
「…………はぁ……はぁ、はぁ……ふぅー、終わったー!」
いつもの明るい声音に戻ったジギルはそう口にするや否や大の字になって倒れてしまった。
身体能力を向上させるということはつまり、無理やり体を動かしているということ。その疲労や損耗は計り知れない。
今も横になってはいるが動かなくても体中に激痛が走っていることだろう。
「お疲れさん」
「お疲れー。アルバスー、動けないから抱っこしてー」
「アホか」
冗談が言えるなら大丈夫だろうと判断したアルバスはジギルの体を起こすと抱っこではなくおんぶでその場から歩き出す。
「……アルバスの背中は、大きいね」
「当り前だろう。身長差がどれだけあると思ってるんだよ」
「……もう! そういう意味じゃないんだってば!」
「あん? ……まあいい。レインズ達は仲間を置いて逃げたんだとよ。戻るだけならスキルなしでもなんとかなるだろうし、俺達は三人を連れて戻るぞ」
「はーい!」
嘆息するアルバスとは違い、ジギルはその背中で笑みを浮かべながらも力の入らない腕でギュッと掴まるのだった。
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