第173話:ゼウスブレイドのダンジョン攻略⑬

 意識が朦朧とする中で、リッカは自らが殺してしまった姉のことを考えていた。

 あまりに未熟だった自分のせいで、あまりに自己中心的だった自分のせいで、あまりにダンジョンのことを知らな過ぎた自分のせいで死んでしまった姉のことを。


「……お二人も……逃げてくだ、さい」


 これは自分に対する罰なのだと信じ込んでいるリッカは二人を巻き込むわけにはいかないとそう口にしたのだが、ヴィルもクックもその場から逃げようとはしなかった。

 それどころかリッカを助けようとランドンの意識を自分達は向けるよう攻撃を仕掛けている。


「早く起きやがれ、このアホが!」

「リッカ、お前が先に安全地帯まで下がるんだ!」

「……ダメです……体が、動かないん、です」


 このままではすぐに殺される。

 そう悟ったクックは死を覚悟して再び自らのスキルを発動させた。


「金剛!」


 スキル発動の直後にヴィルと目が合うと、小さく舌打ちをしながらヴィルもスキルを発動させた。


「疾風迅雷!」


 ヴィルがそのままランドンの注意を引くだろうと思っていたリッカだったが、一直線にこちらへ走ってくるヴィルを見て困惑してしまう。

 そして、隣に屈むと腕を肩に回してリッカを起き上がらせた。


「ヴィルさん、クックさんを、助けて!」

「あいつも覚悟を決めたんだ。若いお前を助けろってな」

「……そ、そんな……ダメです……クックさん……クックさん!」

『グルオオオオアアアアアアアアァァッ!』


 リッカの叫び声はランドンの大咆哮によって掻き消されると、竜尾がクックへと襲い掛かった。

 砂煙が舞い上がり、煙を貫いてスキルが解けているクックが吹き飛ばされていく姿が目に飛び込んでくる。

 まるで人形のように力なく何度も地面をバウンドしたクックの体は壁に激突し大きなヒビを作りようやく地面に転がった。

 そのまま動かないクックを見て、リッカの体からも力が抜けてしまう。


「おい、立つんだ! ここでお前が死んだら、あいつの死が無駄になるだろうが!」

「どうして、私なんかの為に、クックさんが! 死ぬのは、私一人で十分なのに!」


 ついに溢れ出した涙を押せることができず、リッカは大剣を握ると剣先をランドンへと向けた。


「逃げるぞ、いい加減に現実を見ろ!」

「見てますよ! 見てるからこそ、私はここで死なないといけないんです! そうじゃないと、お姉ちゃんのところへ行けないから!」

『グルオオオオアアアアアアアアァァッ!』


 再びの大咆哮がボスフロア全体を揺さぶると、天井や壁の一部が崩壊して安全地帯へ繋がる唯一の入り口を塞いでしまう。

 逃げ道が塞がれたヴィルは大きく舌打ちをしたものの、自分だけが逃げるのも性に合わないと諦めてナイフの握る。


「……いいか、クックはまだ生きてるはずだ」

「えっ?」

「俺が全力でサウザンドドラゴンの囮になる。そんで、お前がクックを助けて入り口の岩を破壊したのを見たらさっさと逃げ出してやるぜ」


 クックが生きているという言葉を信じるべきか迷ったリッカだったが、ここで嘘をついてもなんの得もないと判断してヴィルを信じることにした。


「……絶対に死なないでくださいね、ヴィルさん」

「お前こそ、途中で倒れるんじゃねえぞ!」


 二人は同時に駆け出すとヴィルがランドンへ、リッカがクックの方へと向かう。

 当然ながらランドンは迫るヴィルの相手をする──かと思われたが。


「えっ?」

『グルオオアアアアッ!』


 ランドンはヴィルとの距離ではなく、リッカとクックという数を優先させた。

 二人までの距離は遠く、そのままいけばリッカが先にクックの下へ到着するだろう。

 しかし、ランドンは最大の武器ともいえる遠距離攻撃を持っている。


『グルオオオオアアアアアアアアッ!!』


 口内で広がる真っ赤な揺らめき──ブレスが吐き出された。


「逃げろ、リッカアアアアアアアアッ!」


 無視されるとは思ってもいなかったヴィルが叫ぶがもう間に合わない。

 リッカが走るよりも早くブレスが迫り、そのまま二人を飲み込んでしまう。

 地面を焦がし、壁を破壊する威力のブレスがしばらく吐き出された後には何も残されてはいなかった。


「……嘘だろ……おい、誰か、返事しろよ!」


 虚空となった空間へヴィルが叫ぶが、当然ながら誰からも返事はない──かと思われた。


「なーんだ、ボロボロなのねー」

「なんとか間に合いましたね」


 どこかで聞いたことのある声と、全く聞いたことのない声にヴィルはゆっくりと振り返る。

 そこにはリッカとクックが二人の男女に抱き抱えられている。

 そして、よく知る一人の元冒険者が大剣を肩に乗せて不適に笑んでいた。


「よう、ガキ」

「……はは、助かったぜ、おっさん」


 苦笑しながらも心底の安堵を見せたヴィルはそのまま意識を失ってしまった。

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