第172話:ゼウスブレイドのダンジョン攻略⑫

『グルオオオオアアアアアアアアッ!!』


 ランドンの大咆哮がボスフロアに響き渡る。

 耳を塞いだとしても脳を揺さぶるほどの大音声にゼウスブレイド全員の動きが阻害された。


「ちいっ! ライラ、結界魔法を張れ!」

「わ、分かったわ、レインズ!」


 ライラの結界魔法は魔獣の咆哮をも遮断する効果を持っている――しかし、ランドンの実力はライラの結界魔法を上回るものだった。


「ぐがああああっ!?」

「な、なんで、防げないの――いやあっ!?」


 痛みに慣れていない二人はランドンを目の前にして膝を地面に付けてしまう。

 直後にはブレスを吐くまでもないと思ったのかランドンが体を捻り竜尾ですり潰そうとしてきた。


「やらせるかよ!」

「ふんっ!」

「はあっ!」


 しかし、常に前線で戦い続けていたヴィル、クック、そしてリッカは大咆哮を受けても何とか動き続けており竜尾攻撃を逸らそうと反撃に出ていた。

 冒険者ランキングでも上位に位置するヴィルとクック。今はまだ下位に沈むリッカだがその武器は一等級品である。

 ランドンにダメージを与えることも、そして竜尾を凌ぐことも辛うじてではあるが可能な実力と装備を兼ね備えていた。


「何やってんだよ、あんたらは!」

「早く立って戦うんだ!」

「レインズさん、ライラさん!」


 顔を青ざめながらなんとか立ち上がった二人だったが、その表情にはすでに戦意はなく、ガタガタと体を震わせていた。


「……な、何なんだ、こいつは。……き、貴様らが、さっさと倒さないからだろう!」

「そ、そうよ! しっかりと私達を守りなさい!」

「あぁん! 何を言ってるんだ、レインズのスキルで倒すんだろうが!」

「リッカはアークエンジェルにスキルを使っているのだ、頼みはレインズだけだぞ!」

「お願いします、レインズさん!」


 スキルという言葉を聞いたレインズは少しだけ冷静さを取り戻していた。


(……そうだ、俺にはスキルがある。サウザンドドラゴンなど、一撃で屠ってみせる!)


 ここに至り、レインズは初めて剣を抜いた。

 特級の剣は鞘から抜かれただけでボスフロアに涼やかな音色を奏で始める。


「……モンスターの悲鳴を奏でさせろ、シルクブレイド!」


 純白の刀身がランドンへ向けられると、それに呼応するかのように他の面々も動き出した。

 ヴィルが撹乱し、クックが守りを担い、リッカが大剣で仕掛けて、ライラが魔法で攻撃する。

 その間にレインズはスキル発動の準備を行うのだ。


「スキル――渾身の一撃チャージブレイク


 スキル発動からのチャージ時間で威力が変わってくる特殊なスキルである渾身の一撃。

 最大で三分チャージできればリッカ以上の一撃を放つことが可能となる。

 しかし、その間は完全な無防備となりその場から動いてしまうとチャージすることができなくなってしまう。

 ランドンを倒すには最大の三分チャージが必要と誰もが判断し、その為の時間稼ぎが他の面々の仕事となる。


『グルオオオアアアアアアアアッ!』


 何かをしようとしている、そう察したランドンは確実に殺すためにブレスをレインズめがけて吐き出そうと試みる。

 しかし、それを許すような歴戦の冒険者ではなかった。


「クック、俺を飛ばせ!」

「承知!」


 ヴィルの足元から土壁がもの凄い勢いでせり上がると、タイミングを合わせて跳躍。

 まるで一本の強弓かと見まごう一撃がランドンの顎を捉えてブレスを中断させることに成功した。


 ――これで一分経過。


 ならばと再びの竜尾攻撃が迫る中、リッカが大剣を地面に突き刺してレインズの盾になった。


「ぐぐっ! こんのおおおおおおおおっ!!」


 なけなしの力を振り絞り耐えきると、竜尾はレインズの5メートル先でその勢いを失ってしまう。


 ――これで二分経過。


 これでもダメならと大きな巨体を動かして自ら踏みつぶしてやろうと前に出るランドン。


「これでもくらいなさい!」


 だが、そこに襲い掛かってきたのは火、水、風、土の四属性からなる魔法の弾幕だった。

 荒れ狂う魔法の数々にさすがのランドンもわずかずつしか前に進み出ることができずに苛立ちを募らせていく。


『グルオオオオアアアアアアアアッ!!』


 再びの大咆哮が衝撃波となり全ての魔法を吹き飛ばしてしまった。


「……三分だ」


 だが、この時点で最大の三分チャージが完了していた。

 ライラから全能力の支援魔法を受けているレインズは誰よりも速く駆け抜け、誰よりも高く跳躍し、誰よりも力強い一撃をランドンの首へと振り下ろした。


「これで、終わりだああああああああっ!」

『グルオア?』


 ――カキンッ!


 乾いた音がボスフロアに響き渡る。

 誰よりも速く駆け抜け、誰よりも高く跳躍し、誰よりも力強い一撃を放ったはずのレインズの剣は、ランドンの鱗に弾かれて刀身が真上を向いていた。

 しかし、それも当然のことだった。

 アルバスが断罪の剣ジャッジメントを発動させた時も鱗を避けてそのつなぎ目を狙って振り下ろしている。それは首を守る鱗が他の箇所よりも強固であることを理解していたからだ。

 そんなこととは知らないレインズは鱗などお構いなしにただ剣を振り下ろしていた――故に、剣を弾かれただけでなく無防備な姿をランドンの目の前に晒すことになったのだ。


『グルオオオアアアアアアアアッ!』

「ひいっ!?」

「レインズさん!」


 ランドンの牙がレインズに届くよりも速く、リッカが飛び出していた。

 空中でレインズを突き飛ばし、そのままの勢いで自らも牙から逃れるつもりでいた。


「きゃああああああああ!!」

「「リッカ!」」


 牙に貫かれる、ということはなかったが大きなランドンの頭部がリッカの体を打ち抜き壁を破壊する勢いで叩きつけられてしまったのだ。

 血を吐き出しながら地面に倒れ込むリッカ。

 それでも、何とか顔を上げてレインズの無事を確かめようとしたのだが――


「ひぃ、ひいいいいぃぃっ!?」

「てめえ、逃げるのかよ、レインズ!」

「こ、こんなところにいられないわ!」

「ライラ、貴様もか!」


 仲間を置いて逃げ出したレインズとライラの背中が、朦朧とする意識の中に映し出されていた。


(……あぁ……これで、私も……お姉ちゃんの……ところへ…………)


 ――アルバスの懸念は最悪の形で的中してしまったのだ。

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