第133話:過去の話・アルバス①

 道具屋を後にして次に向かった場所は換金所である。

 契約をした住民、最後の一人であるアルバスに話を聞くためなのだが……どうやらすぐに話を聞くのは難しそうだ。


「いいところに来た、小娘! 早くこっちに入れ!」

「は、はーい!」


 いつの間にかに行列ができていた換金所の窓口に立ち、廻とアルバスは冒険者を捌いていく。

 今日は冒険者が少ないと思っていたのだが、その少ない冒険者が同じ時間に殺到してしまったようだ。

 ひぃひぃ言いながら一時間後──ようやく全ての冒険者の捌くことができた。


「い、いきなり、なんだったんですか?」

「俺に聞くな。あぁー、小娘よ、さっさと換金所の人数を増やしてくれよ? これから大きくなってきたら、さすがに俺だけじゃあどうしようもないぞ」

「そうですよねー。単純に移住したいって人が来てくれたら、換金所で働かないか声を掛けられるんですけど、冒険者や職人さんをこっちが呼んでる状況ですからねぇ」


 よくよく考えると、ジーエフに移住してきた人々はそのほとんどが目的を持って呼び寄せた人ばかりで、自らの意思で移住を決意した人は少ない。

 それに職業を持った人しかいないので、別の仕事をしてみないかと声を掛けづらい状況なのだ。


「そろそろ来てくれてもいい頃合いだがな」

「そうなんですか?」

「冒険者からの評判が各都市に届く頃だからな。移住を考えている奴が入ってくる頃なんだよ」


 冒険者からのジーエフの評判は上々である。

 美味しいご飯、質の良い道具屋、そしてアルバスという元冒険者ランキング1位の存在。

 今ではアークスの腕も評判を呼んでいるので、悪い評判は少ないはずだ。


「換金所に宿屋のお手伝い、他にもお店は必要だし、何より酒場ですよね。あぁー、まだまだ都市としては底辺だなー」

「……おい、小娘」

「なんですか?」

「お前、何をしにここに来たんだ? 何か用があったんじゃないのか?」


 たまたま換金所を訪れたという感じではなかった廻の様子を見ていたアルバスは、話が進まないと判断したのかこちらから聞いてみた。


「……あっ! 忙しくてすっかり忘れてました」

「お前、目的を忘れるなよ。それで、何のようだったんだ? 何かレア度の高いモンスターでも手に入ったのか?」

「いえ、ダンジョンとかモンスターとか、そういう話ではないんですよ」


 廻の答えにアルバスは怪訝な表情を浮かべる。

 そして、みんなに昔話を聞いて回っているのだと伝えると──


「帰れ」

「何でですか!?」


 呆気なく断られてしまい、廻は慌てて理由を聞こうとする。

 しかし、その理由すらアルバスは口にしようとはしない。

 それどころか換金所を廻に任せて外に出ていこうとし始めた。


「ダ、ダメですよ! 私も仕事があるんですからね!」

「だったらその仕事をしてこい。俺はここにいといてやるから」

「分かりました! では、お話を」

「それは仕事じゃねえだろ!」

「これが私の仕事なんですよ! みんなのことを知る、経営者として大事な仕事です!」

「もっと大事なことがあるだろう!」

「これ以上に大事なことはありません!」


 睨み合う廻とアルバスだが、こうなっては引かないことをアルバスは知っている。

 この場は追い払えても、話が聞けるまで毎日のようにやって来るだろう。

 それを知っているからこそ、結局はアルバスが折れるのだ。


「……はぁ。なんでこんな傷物の話を聞きたいんだか」

「傷物なんて、そんな言い方はしないでください」

「へぇへぇ、分かりましたよ。だが、マジでつまらんぞ?」

「それはみんな言ってました」

「……俺の場合は、嫌な話だからな」


 アルバスが嫌な話だと言う理由を、廻は知っている。

 肩からごっそりと失われている左腕。

 アルバスの昔話は、左腕が失われた時の話から、仲間に裏切られた話まで、アルバスのことを知らない人が聞いたら目を背けることの方が多いだろう。


「嫌な話だからこそ、私は聞きたいんです。アルバスさんのことを、知りたいんです」

「……全く、本当に頑固な小娘だなぁ」

「分かってるなら話してくださいね」

「へぇへぇ」


 頭を掻きながら窓口の椅子にどかっと腰掛けたアルバス。

 その隣の椅子に廻が座ると、アルバスは淡々と語り始めた。


「何から話すかな……やっぱり、左腕を失った時の話か」


 そう口にすると、アルバスは右手で左肩の傷口を軽く撫でる。


「あれは、俺がいたパーティがダンジョンランキング5位のジアグランに挑んでいた時だ。一度最下層まで行ったことのあるダンジョンだったが、さらに五階層が開放されたってことで潜り直してたんだ」

「レア度の高いモンスターが配置されたと判断したんですね」

「あぁ。ジーエフがランドンを手に入れて一五階層まで開放させたのと同じ理由だな」

「ジアグランは何階層まであったんですか?」

「当時は開放されて八五階層だな」

「は、八五階層ですか!?」


 ジーエフが一五階層なのを考えると、先の長い話である。


「それだけの階層を埋め尽くせるだけのモンスターがいたんですね」

「それも、一階層からレア度3以上がバンバン出てきたからな。比べるのもおこがましいぞ?」

「わ、分かってますよ!」


 顔を赤くして軽く睨んできた廻に苦笑を浮かべながら、アルバスは話を続けていく。


「モンスターの配置は多少変わっていても、八〇階層までは難なく到着した。一つ前の安全地帯セーフポイントでもしっかり休んで、道具も節約していたから問題なし。準備は万全だった」

「でも、アルバスさんの左腕は……」

「あぁ、喰われたんだ。よくよく考えると、あの時に死んでなかったのは運が良かったのかもしれんな。大量出血もあるが、痛みで意識が吹き飛びそうだったし」

「……あぅぅ、想像したら、気持ち悪くなってきた」


 少しだけ頭がクラクラしてしまった廻はこめかみに指を当てて軽く揉んでいる。

 それで良くなるのかは分からなかったが、アルバスは一度話を止めて、廻の体勢が整ったのを確認してから改めて口を開く。


「それも、俺が左腕を失ったのは最下層じゃなくて八二階層だったんだ」

「えっ! それじゃあ、さらに下にはもっと狂暴なモンスターがいたってことですか?」

「それは分からん。単純に考えればそうだろうが、俺が左腕を失った時点で攻略を中断したからな」


 推測はできない、自分の目で確認したことが事実なのだとアルバスは言った。


「ジアグランが現在何位なのかは分からんが、あのまま発展を遂げていれば1位になっていてもおかしくはないだろうな」

「そうですか……でも、アルバスさんが左腕を失ってから、よく戻ってこられましたね。八二階層から上がってきたんでしょ?」

「正直、そこはパーティメンバーに感謝だな。右腕一本になった俺を庇いながら、準備した道具も使い切る形でなんとか戻ってこられたわけだしよ」


 そう口にした時のアルバスの表情には、感謝と悲しみがない交ぜになっているように廻は感じてしまう。


「ダンジョンから転がり出るようにして地上に戻り、その足で治療院に駆け込んで、今の俺が生まれたんだ」

「本当に、命があっただけでもよかったですよ」

「そうだな。俺もその時はそう思っていたよ──その時まではな」


 そして、アルバスの表情には悲しみだけが残ってしまった。

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