第132話:過去の話・ポポイ

 手紙の準備があるだろうと、廻はロンドの家を出て次の目的地へと移動する。

 だが、ジーエフ名物の一つになっている場所なので多くの冒険者がまだ残っていた。


「繁盛してますね、ポポイさん」

「あら! いらっしゃい、メグルちゃん!」


 お客さんを捌きながら挨拶を返してきたポポイ。

 廻はお店の中を見ていると声を掛けると、お客さんがいなくなるのを待つ。

 そして数分後、お客さんの波が落ち着いたところで道具屋を訪れた理由を説明した。


「うーん、私の昔話ですかぁ。ですが、全く面白くないですよ? それよりも私の研究成果のお話でも――」

「それは全く必要ありません。ポポイさんの話が聞きたいので」

「えぇー! 即答でそれは酷くないですかー!」

「だってー、専門的な話はよく分からないもーん」

「話を聞かないことには情報は上書きされませんよ?」

「調合部屋、次に造ろうと思っていたけど、止めちゃおっかなー」

「私の昔話ですね? すぐにでもお話いたしましょう!」

「軽いな!」

「調合部屋を造ってもらえるなら仕方ないじゃないですか!」


 簡単に従ってくれたことはありがたいことなので、廻は口走ってしまった調合部屋を造ることを固く約束された後、ポポイの昔話を聞くことができた。


「でも、本当に面白くないですよ?」

「それはニーナさんもロンド君も言ってたわね。でも、私にとっては必要なことだし、聞いてみたらとても面白かったり、大事な話もあったからさ、お願いできないかな?」

「まあ、そこまで言うなら……私はアドラミライという都市からジーエフに来ました。確かダンジョン都市ランキングは……何位だったかな?」

「わ、忘れっちゃたのね」

「いやー、ダンジョンのランキングとか気にしてなかったからさー。だって、私は道具屋だし? 商品開発と売り上げと商品開発と商品開発と商品――」

「開発はもういいから! とりあえずポポイさんのその時の生活を教えてよ!」


 廻は少し声を大きくして話を進めるようにお願いした。

 ポポイは苦笑しながら口を開いた。


「そうだなぁ、メグルちゃんは私の作った道具は凄いと思う?」

「そりゃあ凄いと思うよ。今ではジーエフの名物になっているわけだしね」

「うふふ、ありがとね。でもさ、私の作った道具は実家の道具屋では一度も店頭に並んだことがなかったんだよ」

「えっ! そ、そうなの?」


 ポポイの作った道具はどれも一級品だ。

 作り方が公開されている道具も、オリジナルの道具もそう。

 そんな道具が一度も店頭に並んだことがないだなんて、正直なところ信じられないことだった。


「本当だよ。まあ、私が作る道具って特異なものが多かったし、両親としては心配だったんだろうね」

「心配って、何が心配なの?」

「道具の質かな。経営する者としては当然ながら質は同一にしたいでしょ?」

「もちろん。質がバラバラだったら信用問題にもつながるからね」

「うん。私の行いも悪いんだけどさ、色々と実験を繰り返している姿を見られていたから、その質にも疑いを持たれちゃったんだよ」

「でも、ポポイさんは店頭に並ぶ道具に関してはちゃんと作っていたんだよね?」

「……」

「あれ? えっと、ポポイさん?」


 ここで黙り込んでしまったポポイを見て、廻は庇おうとしていた自分を恥じてジト目を向けている。


「……てへっ!」

「てへ、じゃないわよ! てへ、じゃ! そんなんだったら両親が店頭に並べてくれないのも頷けるわよ!」

「あははー。でもさ、途中からはちゃんと作ったんだよ?」

「それじゃあ意味ないでしょうが! お客さんからの信用よりも、まずはご両親からの信用を得なさいよ!」


 苦笑しながら頭を掻いているが、不思議と嫌そうな感情は表情に出てこない。


「悔しかった気持ちもあるんだけど、そのやり取りが楽しかったっていう気持ちもあるんだよね」

「そうなんですか?」

「両親とはあまり交流が少なかったからさ。道具屋って結構忙しいんだよ? お店を見るのは当然だけど、空いた時間に調合したり開発したり、休みもあってないようなものだったかな。家族三人で出かけた記憶もないしね」

「家族三人か……ポポイさんは一人っ子なんですか?」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」

「……うん、聞いてなかった。ご両親はポポイさんが家を出ることをすぐに認めてくれたんですか?」


 ロンドの時とは少し違うが、ポポイの両親の気持ちが気になってしまった。

 一人娘ということは相当可愛がってもらっていただろう。

 結婚で家を出るならまだしも、経営者と契約をして家を出るというのは不本意だったかもしれない。


「特に何も言われなかったかなー」

「まさか! 何か言ってたでしょ? 残ってくれとか、ダメだーとか」

「本当に何も言われなかったんですよ。むしろ自分の道具屋を持てるならさっさと出て行けー! って言われましたね」

「……そうなの?」

「そうですよ」


 ポポイがポポイなら、両親も両親なのか、と考えた廻だったが、すぐに違うだろうと考えなおす。

 理由は一つの推測が出来上がっているからだ。


「ご両親は、ポポイさんの実力を知っていたんじゃないですか?」

「そうかなー?」

「じゃないと、自分の道具屋を持てるならって理由だけでさっさと出て行かせないと思いますよ」

「でも、経営者様との契約ですからねー。さすがに逆らえないじゃないですかー」

「それは! ……そうですけど」


 経営者だから、という言葉に落ち込んでしまった廻を見て、珍しくポポイが慌ててしまった。


「あの、そんなつもりで言ったんじゃないですよ? じょ、冗談ですから、冗談ですよー!」

「わ、分かってますよ! その、すみません、勝手に落ち込んじゃって」


 廻は経営者だから命令できる、経営者だからなんでもできる、ということが嫌いだ。

 ジーエフの経営でも経営者だからといってあれやれこれやれとは言ったことがない。

 そんな自分が契約をする時、知らず知らずのうちに経営者だから契約したとなっていたのかと考えると落ち込まずにはいられなかった。


「メグルちゃんはちゃんと話をしてくれたじゃないですか」

「だって、自分の本音を伝えないと契約してくれないと思っていたんだもん」

「その気持ちがあるだけでも十分です。だからこそ、私も契約に応じたんですからね」

「えぇー、ポポイさんの場合は道具屋を持てるってところでテンション上がってたじゃないですかー」

「もちろんそれもありますよ。道具屋の娘としては、道具屋を経営できるのは夢ですからね。でも、メグルちゃんは最後に言ってくれたじゃないですか」

「言ったって何を?」


 ポポイは笑みを浮かべながら、その言葉を口にする。


「私のことを信じてくれるって。不安もあるとは言ってたけど、それでも経営者様から信じるって言われることは嬉しいことなんです」

「そう、かな?」

「そうですよ。経営者は住民を不安にさせることもできますが、同時に安心させることもできるんです。私はメグルちゃんの言葉で安心することができたんですよ」


 ポポイがそのように思っていたとは知らなかった廻の瞳は自然と潤んでいた。


「……あ、ありがとうございます、ポポイさん」

「あれ? もしかして感動しちゃいました? メグルちゃん、泣いてます?」

「な、泣いてないですよ! 変なこと言わないでくださいー!」

「えぇー! 絶対に泣いてますよー!」

「あーもう、うるさいー!」


 最後にはポポイからからかわれ始めると、廻は両手を上下に動かして声をあげた。

 その姿を楽しそうに笑いながら見ているポポイの表情からは、ジーエフに移住してきて充実している様子を伺うことができた。

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