第131話:過去の話・ロンド

 廻が次に向かった先はロンドのところだった。

 時間はすでにお昼を回り、今ならダンジョンから戻ってきているだろうと思い家に向かう。


「——あれ? メグル様、どうしたんですか?」

「あっ! ロンド君、今戻りかな?」


 予想通り、家に戻る途中だったロンドと道の途中で遭遇した。


「ちょっとロンド君と話をしたくてね」

「僕と、ですか?」

「あれ、ロンドにメグルさん?」

「カナタ君も一緒だったんだね。アリサちゃんとトーリ君は?」

「二人は家に戻ってます。俺はロンドと一緒にパーティ戦闘の相談をしようと思っていたんです」

「へぇー、みんなともパーティを組んでいたのね」


 ロンドがカナタ達ともパーティを組んでいたことは廻も知っていたが、二人で話し合いをしていることは知らなかった。

 こうして交流を深めていけば、アルバスの指導と相まってロンドのパーティはさらに冒険者ランキングを駆け上がるだろう。


「そっかー。それじゃあ話は後からの方がいいかな」

「いえ、メグルさんの用事を先に済ませていいですよ」

「……それよりはカナタも一緒にじゃダメですか?」

「カナタ君も一緒に? ……でも、全然いいかな」

「それじゃあそれで。僕の家でいいですよね」


 そう言って廻達はロンドの家に向かった。


 ロンドの家はきれいに整理整頓されており、来客用に椅子も複数用意されている。

 これが性格、というものなのだろう。

 廻はこのような部分を見てもロンドと契約できてよかったと思っていた。


「それで、話と言うのは何なのですか?」

「えっと、ロンド君が私と契約する前の話を聞きたくてね」

「契約前の話ですか?」


 ロンドとカナタが顔を見合わせて首を傾げている。

 そこで廻はニーナに行った説明をロンドにも行うと、快く快諾してくれた。


「昔の話かぁ……とは言っても、僕の話なんて特に面白くもなんともないですよ?」

「面白いとか面白くないとか、そう言うことじゃないのよ。私はただロンド君のことを知りたいだけだからさ」

「そうですか? ……それじゃあ、知っていると思いますが僕が暮らしていた都市は当時ダンジョンランキング415位のスプリングでした」

「そこの酒場で働いていたのね」

「はい。冒険者になる前は生活も大変でしたから。あっ、でもメグル様と契約をしてお給料を頂けるようになってからは仕送りもしていますし、両親も十分に生活ができていると思います」

「仕送り……えっ、仕送りとかやってるんだ。どうやって?」


 お金のやり取りなら銀行という便利な物があった日本だが、この世界ではどうしているのか廻は分からなかったが、すぐにその答えは出てきた。


「行商人です。彼らに依頼をしてスプリングに寄ってもらっていたんですよ」

「そうなんだ。でも、それだと本当にゴルを受け取っているか分からないんじゃないの?」

「手紙も送ってますし、返事も貰ってますから」

「そっかぁ……ねえ、ロンド君。ご両親をジーエフに呼ぶこともできるけど、呼ばないの?」


 昔話を聞く予定だったが、廻の中での優先順位に変化が起きた。

 ロンドのことを知ることも大事だが、それよりもロンドが安心して生活できる環境作りも大事である。

 もし両親を呼び寄せてロンドの生活がより安定するならそれが一番だ。


「うーん、一応話はしているんですが、なぜだか断られているんですよね」

「それって大丈夫なの? 本当にゴルがスプリングに届いているの? その手紙も偽物じゃない?」

「一応、文字はちゃんと確認しているんですが……でも、そうですね。一度直接会いに行ってあげた方がいいかもしれませんね」

「あっ! だったら俺達がスプリングに行ってもいいぞ。ロンドは契約もしているしジーエフでの生活もあるだろう」

「でも、それだと意味がないんじゃないかなぁ」

「ロンドの手紙があれば問題ないだろう。それに、行商人よりも俺達の方が信用できるだろ?」

「まあ、そうだね。それじゃあ今度はカナタ達にお願いしようかな」


 何もないことを祈るばかりだが、これでロンドの両親も移住してくれれば廻にとっては嬉しい限りだ。


「話が逸れてしまいましたね。僕は両親と弟の四人家族です。先ほども言いましたけど、家は裕福ではなかったので僕も酒場で働きながら家計を助けていました」

「……家族は、ロンド君が家を出るってなったら困らなかったかな?」


 今さらながら、廻はロンドの家族が心配になってしまった。

 家計を助けていたロンドがいなくなったとなれば、その家計は仕送りが届くまでの間は苦しかったのではないか。


「経営者との契約を無下にすることはできませんから。それに、これは僕が決めたことです。両親も納得してくれましたよ」

「……そっか」

「そんな顔をしないでください。僕は幸せですよ? きっと両親もそうですよ」


 困ったような表情をしていたのかもしれない。

 ロンドは笑顔で廻にそう告げてくれた。


「……スプリングの経営者はどんな人だったのかな?」

「良くも悪くも経営者様、でしたね」

「どういうこと?」

「……権力を愛し、強権を振るっていたんです」


 その言葉に廻だけではなく、カナタもゴクリと唾を飲み込んだ。


「だけど、悪い経営者様ではなかったんですよ。弱きを助けることには積極的でしたし、生活が苦しい家庭には援助もありましたから」

「それでも権力を愛して、強権を振るってたの?」

「……主に、役に立たない人には厳しい経営者様でしたね。それがいかなる理由であっても」


 最後の言葉をより強く口にして、ロンドは一度大きく息を吐き出した。


「僕の弟なんですが、生まれた時から身体が悪かったんです。それで、将来的に働けるかどうかも分からないとお医者様からは言われていたんです」

「……まさか、それって」

「はい。スプリングの経営者様は、生まれつき身体の弱い弟を抱えた僕達家族にきつく当たってきたんです。役に立たない者を住民として置いておくわけにはいかない。殺すか、生かしておくならそいつの分も誰かが働け、と言ってきたんです」

「そんな、ひど過ぎるよ!」

「……それが、経営者様ってことかよ!」


 廻が悲鳴のような声をあげ、カナタは怒りのこもった声を漏らしている。

 だが、それが普通なのだとロンドは苦笑しながら言ってきた。


「メグル様が珍しいんですよ。それに、その感じだとカナタがいた都市の経営者様も良い経営者様だったんじゃないかな」

「……どうだろうな。そこまでひどいことは言われなかったけど、それでも生活は大変だったぞ」

「でも、教会があったくらいだし良い経営者だったんじゃないかな」

「……って、今は俺の話じゃないって! ロンド、それって早くスプリングに行った方が良くないか?」

「仕送りは結構多く送っているし、そこからゴルを納めれば弟分は問題ないと思うけどなぁ」

「……もし、もしだぞ? その行商人がゴルを盗んでいて、手紙も偽っていたら、家族は相当大変な生活だって可能性もあるんだぞ?」


 ロンドはその可能性にようやく行きついたようだ。

 考えすぎかもしれない、そうあってほしいと思っていても、なぜジーエフへの移住を頑なに断っているのか。


「ね、ねえ。ロンド君が移住をするって言った時は経営者は何て言っていたの?」

「弟の分を納めることができれば問題ないと。基本、移住だったりは自由にさせてくれる経営者様でしたから」

「そっか……カナタ君、もし可能なら明日にでも出発できるかな? ロンド君も今日の内に手紙を用意してさ」

「ちょっと、メグル様!?」


 突然の話にロンドは慌てていたが、カナタは笑顔で拳を突き出した。


「問題ないですよ! トーリとアリサも付き合ってくれますから!」

「カ、カナタまで!」

「それじゃあお願いね。路銀は私が用意するし、もしスプリングの経営者が何かを要求するようなら私から出向くと伝えてちょうだい。トーリ君がいるなら、経営者とのやり取りも問題ないと思うからさ」

「お、おう、分かった」

「ロンド君はすぐにでも手紙を用意すること、いいわね?」


 断りを入れようとしたロンドだったが、廻の有無を言わせむ迫力の前に渋々頷くことしかできなかった。

 ロンドとの話し合いは予定外の方向へ進んでしまったが、廻は問題が解決してからでもいいかと気持ちを切り替えることにした。

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