第130話:過去の話・ニーナ②

「私が契約を行った時も、メグルさんの時と同じように意識が経営者の部屋マスタールームにいつの間にか移動していました。都市の名前はエイトバーン、現在では709位だったかしら」

「エイトバーンの経営者は良い経営者だったんですか?」

「えぇ、それはとても意欲的で良い経営者様でしたよ……最初、はね」


 最後の言葉は溜息混じりに、普段の声音よりも低く吐き出された。

 ニーナ雰囲気に廻は姿勢を正して話に耳を傾ける。


「彼は私を説得するのにとても言葉を尽くしてくれました。それこそメグルさんと同じようにね。自分が考えている都市像を、ダンジョン像を、そしてみんなを幸せにしてみせるとはっきりと口にしてくれました。私はその言葉に感銘を受け、その場で契約を交わしたのです」

「それは、最初に経営者の影響もあったんですか?」

「そうですね。彼のような素晴らしい経営者が自ら命を絶つようなことがないように、私が支えられるのであれば支えたいと傲慢ながら思っていたのです」

「そんな、傲慢だなんて……私はニーナさんにとても支えられてますよ?」

「うふふ、ありがとう。……自分で言うのもおかしな話なのだけど、最初の頃は彼を支えることができていたと思うの。何も分からない彼に助言をして、時には諫めて、都市も順調に成長をしていったのです」


 最後の言葉を聞いて、廻は一つの疑問を感じた。


「エイトバーンのダンジョンランキングって、709位ですよね? それで順調って言えるんですか?」


 ジーエフのダンジョンランキングが現時点で913位である。

 ランキングだけを見るとエイトバーンが200位以上も上なのだが、ニーナの口調からすると契約をしていたのもだいぶ前のように感じていた廻はどれくらいの推移が順調なのかが気になってしまった。


「今の順位を見るとそう思われても仕方がないでしょうね。昔はもっと上位にいたんですが、そこからどんどんと落ちてきたんですよ」

「でも、それって……」

「えぇ、メグルさんが思っている通りです。良い経営者から悪い経営者に変わってしまい、住民がどんどんと離れていったのです」

「で、でも、住民から勝手に出て行くことってできないんじゃ?」


 廻が今まで移住をさせてきた住民に関しては移住申請用紙に同意を得てから完了させてきた。

 ただ、経営者の許可がなければ後から色々と問題が生じると聞いているし、アークスを移住させる時には実際に二杉と揉めてしまった。

 昔は自由に移住ができたのかとも思ったが、全てのダンジョンがそのルールに従うのかと聞かれるとそうはならないのではと考えて自分の中で考えを破棄した。


「問題は確かにありました。経営者様も怒りに怒り、住民に対して暴挙を行おうとしたのですが、ほとんどの住民がエイトバーンより上の順位のダンジョン都市に助けを求めたので事なきを得ました」

「そうだったんですね。私の場合はオレノオキニイリより順位が下だったからってことですか」

「そうですね。もちろん、下の順位のダンジョン都市に移住した住民もいましたが、そこを他のダンジョン都市の経営者が助け舟を出してくれたんですよ」

「へぇー、そんな良い経営者もいるんですね」


 廻は自分の都市の住民しか守れないと思っている。見える範囲でしか守れないと。

 もちろん他の都市からジーエフに移住したいと来てくれた住民に対しては助けの手を差し伸べるつもりではいるが、他の都市の住民を助けることは考えられなかった。


「そうして住民が流出して、そこから悪い評判が広がり、そのせいで新しい住民がやってくることもなく、ダンジョンランキングが下がっていったのです」

「そうだったんですね。……これって、私もそうなる可能性があるってことですよね」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

「だって、ジーエフも今は順調にランキングを上げていっています。このまま上がっていけば移住したい住民も増えるだろうし、そうしたらそれに合わせて経営方針を変えないといけなくなるかもしれない」

「そうかしら? 私はメグルさんが変わるとは思えないのだけれど」

「……どうしてそこまで私のことを信じてくれるんですか?」


 廻だって変わるつもりはない。

 何かあればニーナやアルバスが指摘してくれると信じているし、自分が全てを守れるとは思ってもいない。

 だが、そう思っている時点で廻はニーナの答えを知っているはずだ。


「言葉で言い表すことは難しいですが……そうですね、私の心がメグルさんを信じているのです。これは傲慢かもしれないけれど、メグルさんもきっと私やアルバスさん、ロンド君やポポイさんを信じているのではないですか?」

「もちろんですよ! 私はみんなを信じていますし、カナタ君達やアークスさんにクラスタさん、ジレラさん達のことだって信じています!」

「それはどうしてかしら?」

「それは! ……えっと、信じてる、から?」

「うふふ、答えになっていませんよ。ですが、それと同じということです。私の心がメグルさんを信じているのですよ」


 真っすぐに見つめながらの発言に、廻は恥ずかしくなって俯いてしまう。

 そんな様子を微笑みながら見ていたニーナは話の続きを始める。


「私を含めて契約をした人は何とか良くしようと奮闘したのですが、その動きに見合う行動を経営者様はしてくれませんでした。そうした時に一人、また一人と契約者から契約破棄の申し出が行われたのです」

「契約破棄……そんなこともできるんですね」


 メグルは誰かがジーエフを出たいと言えば引き留めるつもりはなかった。

 ジギルがアルバスを勧誘しに来た時にもアルバスへ直接伝えているのだが、契約破棄というのは考えてもいなかった。


「契約はその住民をダンジョン都市に縛るものです。ですが、その住民が経営者に見切りをつけたとなれば申し出ることができるのです」

「でも、それは経営者が了承しないんじゃないですか?」

「普通はそうです。ですが、契約をして一〇年が経過すると経営者は契約破棄の申し出を断ることができなくなるのです」

「……し、知らなかった」

「うふふ、ニャルバン様は本当に忘れっぽいのですね。……そして、私以外の契約者がエイトバーンを離れました」

「ニーナさん以外の、全員が……」


 廻は言葉が出なかった。

 全く知らない世界の中で一番最初に信じて、信じてもらえた相手がいなくなるのだから、その孤独感は計り知れないだろう。

 廻であれば耐えられないかもしれない。すぐにでもダンジョン都市を放り出して自由になりたいと考えるかもしれない。


「今はどうか分かりませんが、経営者様はその時点で自暴自棄になっていました。私はどうにか立ち直ってほしいと声を掛け続け、都市の改善にも努めました。ですが、彼は変わりませんでした。そして……」

「……ニーナさんも、エイトバーンを出たんですね」

「……はい。彼は何も言わず、見送りもなく、私は夫と息子の三人でエイトバーンを出ました。ありがたいことに、そこでも宿屋を経営していた時に顔見知りになった冒険者の方の伝手で別のダンジョン都市に移ることができたのです。その後は、そこで宿屋を経営して、夫が亡くなり、息子に宿屋を託して私は引退しました。そして、そこに声を掛けてくれたのがメグルさんなのですよ」

「だから、将来の話を契約する時に口にしてくれたんですね」


 ニーナは契約をする時に、良い経営者になってほしいとは言わなかった。

 良い経営者になるとは思うが、将来のことについてを気にしていたのだ。


「そうですね。きっと、どの経営者様も最初は意欲的に取り組み、それが良い経営者に見えるのだと思います。ですが、そこから先へ進んだ時にもう一度選択を強いられるのです。良い経営者を継続するのか、それとも自分よがりの悪い経営者になってしまうのか」

「……肝に銘じます」

「……ありがとう、メグルさん」

「そして! 私が道を踏み外そうとしたらすぐに怒鳴りつけてください! ニーナさんだけで無理そうなら、アルバスさんに言ってくれても構いませんから!」

「うふふ、その想いがあるなら、きっとメグルさんは大丈夫ね。でも……そうですね、もし本当にそのようなことがあれば、私とアルバスさんで怒鳴りつけてあげるわ」

「よろしくお願いします!」


 最後には笑顔を浮かべた二人。

 廻にとってはとても有意義なニーナとの話になったのだった。

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