第129話:過去の話・ニーナ①
アークスとクラスタとの話し合いが終わった廻は
単純に話し合いが終わったから、ということもあるのだが廻なりに考えることがあったのだ。
「……ねえ、ニャルバン」
「どうしたのかにゃ?」
「私って、アルバスさんとかロンド君とか、契約したみんなの過去を知らないんだよね」
二人との話し合いを通して、廻はこの世界やダンジョンについてもそうだが、自らが契約した人々のことも知らないということは大きな問題だった。
「……なんだ、そんなことかにゃ」
「そ、そんなことって」
だが、ニャルバンとしてはどうでもいいことだった。
「相手のことを知るって、とても大事なことなんだよ?」
「うーん、僕にはよく分からないにゃ。モンスターのことを知っているのと似たようなことかにゃ?」
「そ、それとはまた違うんだけど……まあ、いいわ。明日から少しずつみんなに話を聞いてみようかな。特にアルバスさんの昔話は聞いていた方が良い気がするんだよね」
「アルバスの昔話って、冒険者時代の話かにゃ?」
元冒険者ランキング1位のアルバス。
パーティメンバーを助ける為に左腕を失い、そしてパーティを辞めさせられ、その時点で冒険者を引退して一人森の中で暮らしていた。
ジギルがジーエフを訪れた時には冒険者に未練があるのかもと思っていたが、そうではないと口にしている。
しかし、それが本音なのか建前なのか廻には分からない。
話してくれるかも分からないが、こちらから知りたいと伝えればみんなは話してくれるのではないかとも信じている。
「住民のことに関して、僕はよく分からないのにゃ。だからメグルの好きなようにするといいのにゃ」
「……はぁ。今日はもう休もうかな」
「明日も頑張るのにゃ!」
苦笑しながら寝床へとつながる扉を潜り、廻は眠りについた。
※※※※
翌日から廻は自らの考えを実行することにした。
最初に向かった場所は宿屋である。
朝から手伝いをする目的もあったが、ニーナなら一番話をしやすいというのと、朝食の時間を過ぎるとゆっくりできる時間ができるからだ。
朝の忙し時間を乗り越えた廻はそのままニーナへ声を掛けた。
「昔の話、ですか?」
「はい。昨日アークスさん達と話をしていて、私はみんなのことを知らないなって思いまして。もちろん話したくなかったらいいんですけど、もしよろしければと」
「えぇ、私は構いませんよ。面白いかどうかは別にしてね。こちらに腰掛けましょうか」
「はい! ありがとうございます!」
誰もいなくなった食堂の椅子に腰掛けて、廻はニーナの話に耳を傾けた。
「あれは……もう、どれだけ昔だったかは覚えていませんが、私はすでに滅んだダンジョン都市、アグラカーンで暮らしていました」
「……滅んだダンジョン都市、ですか?」
ニーナの雰囲気が突如として変わり、廻はごくりと唾を飲み込み聞く態勢を改めて整えた。
「はい。メグルさんは、ダンジョン都市が滅ぶ理由を知っていますね?」
「オレノオキニイリに向かう時に、二杉さんから聞きました。ちゃんと覚えています……経営者が死ぬ、ですよね」
「その通りです。私が最初に暮らしていた都市は経営者様が亡くなりました。そしてダンジョン都市は崩壊し、多くの住民が路頭に迷うこととなりました。私は運よく、良くしていた冒険者の方に拾っていただき別の都市まで無事に辿り着くことができたのです」
「そうだったんですね。……その、経営者の方はどうして亡くなったんですか?」
廻の質問に対して、ニーナはとても悲しそうな顔で答えてくれた。
「……自ら命を絶ちました」
「えっ?」
「ダンジョン都市を経営するのに、耐えきれなくなったのだと思います」
「た、耐えるって、何にですか?」
「住民からの期待に、でしょうか。心が耐えきれなくなったのでしょう」
どういうことだろうか。
廻はニーナの言葉の意図を理解することができずに困惑顔を浮かべてしまう。
そんな廻の心情を感じ取ったのだろう、ニーナは微笑みながら頭をゆっくりと撫でてくれた。
「……アグラカーンの経営者様は、とても素晴らしい方でした。今のメグルさんのように住民の話に耳を傾け、その苦悩を一緒になって乗り越えようとしてくれるような、そんな経営者様。ですが、彼は住民の期待に応えようとした――応えようとし過ぎたのです」
「……住民の期待が、重圧になってしまったということですか?」
「はい。そして最後には自らの命を絶ってしまった。それまでは良い経営者様だと称えられていたのですが、直後から最低最悪の経営者だと罵られたのです」
「そ、そんな!」
「ダンジョン都市が滅ぶということは、今までの威光がひっくり返ってしまうということ。それほどのことを、彼はしてしまったのです」
「でも、今までの貢献が全て無に帰してしまうだなんて、かわいそう過ぎますよ……」
「やはり、メグルさんは優しいのですね」
頭の上から手を放したニーナは天井を見上げてアグラカーンの経営者だった人のことを思い出していた。
「……きっと彼も、メグルさんの気持ちを受け止めていると思いますよ」
「……だと、いいんですけど」
「でも、だからこそ私は心配です。メグルさんが」
「私が、ですか?」
「メグルさんは彼と似ています。私達の話を聞いてくれて、そして要望を叶えようとしてくれます。ですが、それは時として自らを追い込んでしまうわ」
ニーナは心配しているのだ、メグルはアグラカーンの経営者と同じ道を辿らないかと。
「……私は、きっと大丈夫です」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
いまだに悩みながらのダンジョン経営である。分からないことの方が多く、そして支えられている部分の方が多い。
だが、廻は誰にも負けない強みを持っている。
「私には、ニーナさんがいますから」
「私、ですか?」
「はい! ニーナさんの経験が、私を成長させてくれています。今日のことだってそうです。昔のことを話すことって、良いことなら話したいと思うんですけど、嫌なことは話したくないのが普通です。でもニーナさんは私に語ってくれました、教えてくれました。それがあれば、私は同じ過ちを繰り返しません」
「ずいぶん、自信がおありなのですね」
「私は、ニーナさんを、みんなを信じていますから」
最後には満面の笑みを浮かべながら立ち上がり、ニーナを抱きしめた廻。
突然のことにニーナは驚きの表情を浮かべていたが、廻の意図を理解したからか何も言わずに抱きしめ返していた。
「……私は私のやり方を変えることはしません。でも、ニーナさんやみんなの意見に耳を傾け、私にできる限りのことをやっていきます。無理はしません、できる限りのことをするんです」
「……はい、そうですね」
「だから、これからもいっぱい注意してくださいね」
「分かりました。私にできることがあれば、注意させて、いただきます」
その声は、わずかに震えていた。
もしかしたらニーナは同じことが繰り返されるのではないかと心配していたのかもしれない。
「……では、教訓の為に次は私が契約をした時のお話でも」
「はい!」
廻が椅子に戻った時にはすでに普段と同じ表情に戻っていた。
そして、ニーナは言葉通りに次の話を口にしてくれた。
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