第128話:クラスタとの話

 そして、その日の夜は約束した通りにクラスタとアークスが食堂にやって来た。

 廻はニーナに断りを入れて手伝いを切り上げると、二人に声を掛けた。


「クラスタさんもアークスさんもありがとございます」

「こちらこそ、お誘いいただきありがとございます」

「……クラスタさん」

「な、なんでしょうか?」


 丁寧な言葉遣いを心掛けていたクラスタだったが、廻の表情は暗くなってしまう。

 当然ながらアークスはその理由を知っているので笑いを堪えているのだが、そのことを知らないクラスタは目を泳がせていた。


「……もっと普通に話してくださいよ~!」

「……へっ?」

「だって、そんな堅苦しく話されたら私も疲れちゃいますし、クラスタさんも疲れるでしょ? だったら普段通りに話してください!」

「で、でも、さすがにそれは……」

「いいんじゃないかな、クラスタ」

「……アークスまで」


 いつまでも黙っているのはかわいそうだと思い、アークスは苦笑しながら助け船を出した。


「メグルさんはそういう人だってさっきも言っただろう? 大丈夫、俺だってこんだけ砕けて話してるんだからさ」

「それは、そうだけど……」

「お願いします、クラスタさん! 私を助けると思って!」


 両手を顔の前で合わせて頭を下げてきた廻を見てクラスタは逆に慌ててしまったが、クスクスと笑っているアークスを見るとやけくそになってもいいかと思えてきた。


「……あーもう、分かったわよ! これで何かあったら全部アークスのせいにしてやるんだからね!」

「あぁ、構わないよ。メグルさんに限ってはそんなこともないしね」

「そうそう、これが私だから気にしないでくださいね」


 溜息をつきながら腰掛けたクラスタを見て、廻とアークスは顔を見合わせて笑ってしまう。

 恥ずかしそうに頬を赤く染めたクラスタを見ながら二人も腰掛けると、手伝いをしていたロンドに注文してから話を始めた。


「それでね、クラスタさん。ジーエフに移住してからの生活はどうかな? 困ってることがあればなんでも言ってくれて構わないよ?」

「うーん、そう言われても特にないんですよね。鍛冶屋もお父さんのお店よりきれいで広いし、家だって二人で暮らす分には問題ないですし」

「そうですか? それじゃあ、家の増築は子供ができた時で問題なさそうですね」

「こ、ここここ、子供!?」


 何気なく口にした廻の言葉に異常な反応を示したクラスタ。

 突然のことに廻は口を開けたまま固まってしまい、アークスは顔を手で隠しているが笑っているのを隠しきれていなかった。


「あの、その、私達はまだそんな予定はないというか、なんというか!」

「えっと、うん、それは大丈夫。先の話だから」

「さ、ささささ、先の話でも、あのその!」

「あー、メグルさん? その話はこれくらいで。クラスタって勝ち気な性格なんですけど、どちらかと言えば恥ずかしがり屋でもあるので」

「……あっ! ご、ごめんなさい! えっと、そうよね、話を変えましょう!」


 お互いに耳まで真っ赤にしてしまい、アークスだけが大爆笑。

 しかし、その代償がクラスタから怒鳴られることだとは、家に帰るまで気づかないアークスである。


「で、では、家のこと以外で困ってることは?」

「そうですねぇ……食料、でしょうか」

「食料? 俺は十分に足りてると思ったけど、足りなかった?」

「ちょっと、そういう意味じゃないわよ! 私が大飯食らいみたいに言わないでよ!」


 失言が多いアークスを話の輪から外し、クラスタは真面目な顔で話し始めた。


「三日に一度、入れ替わりで行商人が食料を売りに来ますが、それでは心配だと思ったのです」

「まあ、そうだよね。オブジェクトのおかげで食べられる作物は増えたけど、まだまだ種類も量も少ないですからね」


 最初に契約をした四人の家では、願えばダンジョンランキングに合わせた料理が自動的に現れてくれるのだが、他の住民は自分達で作らなければならない。

 宿屋の食堂でも食べられるのだが、ニーナにばかり負担を掛けるわけにはいかないし、住民だからと言ってタダで食べられるわけではない。

 移住してきた住民が満足できる環境を作らなければならないのだ。


「今まではダンジョンランキングと、少ない住民が暮らせていければと思ってたけど、人が増えてきたら生活に必要なものを本格的に整備しないといけなくなるのね」

「都市の発展に合わせて、色々と変えなければならないってことです」

「……あぁー! 冒険者が飲み食いする酒場からだと思ってたけど、他にも必要なものが多いですよー!」


 酒場もそうだが、これから移住者が増える可能性に備えて住居も増やさなければならないし、色々なお店も増やさなければならないだろう。

 特に食材を定期的に提供できるところがあれば、家族で移住したいと思う人も出てくるかもしれない。


「色々なお店があれば人も増えるし、働き場所があればそれでも人は増えます。優先するべきものはあると思いますけど、増やせるお店はどんどん増やした方が良いと思いますよ」

「……でも、クラスタさんが移住してきてからは希望者なんて来ないんだよね。冒険者の人には酒場を経営したい人がいたら声を掛けてくれるよう頼んではいるんですけど、それもなかなか進まなくて」

「フタスギ様のところも、俺とクラスタが移住したので頼みづらいですしね」

「ってか、もう頼めないよ。はぁ~、どうするかな~」


 そこまで話をしてしばらく無言の時間が流れる。


「……あれ? なんで私の悩み相談になってるの?」

「……そういえば、そうですね?」

「……二人とも、本気で言ってるの?」


 顔を見合わせていた廻とクラスタを見て、アークスが溜息をつく。

 その様子にクラスタは頬を膨らませているのだが、アークスは冷静に話を元に戻す。


「クラスタが行商人からの買い出しだけでは足りないってメグルさんに伝えて、そこから都市経営の話に発展したんだよ」

「そ、そうだったわね」

「あはは、私が相談に乗るつもりが、相談に乗ってもらっちゃったね」


 苦笑する廻だったが、とても有意義な話し合いができたと満足している。

 食事がまだ終わっていないこともあり、話は二人の馴れ初めへと変わっていった。


「馴れ初めって言われてもなぁ。俺達の場合は師匠がいたから、自ずと知り合えたって言うのはあるかな」

「でも、弟子入りは何度も断られてたわよね」

「そうなんですか?」


 今では一流の鍛冶師として独り立ちしているアークス。

 その腕はオレノオキニイリで二杉の執事をしているラスティンも目を見張るものがあるくらいだ。

 そんなアークスが弟子入りを断られていたというのは廻としては驚きだった。


「師匠に弟子入りしてから腕を磨いたからね。当時の俺は毎日のように怒鳴られていましたよ」

「へぇー、考えられないよ」

「うふふ、懐かしいわね。あの頃はアークスと結婚だなんて思わなかったけど」

「……俺は、その時から気になっていたけどね」

「へへぇー、ほほぉー、ということは、下心があってヴォルグさんに弟子入りしたってことですか?」

「……まあ、そうですね」


 頬を掻きながら視線を逸らせて告白したアークスをクラスタが見つめながら頬を赤く染めている。


「あらら、クラスタさんも初めて聞いたんですか?」

「……は、はい」

「……はぁ。結局、惚気話になるんですねぇ」

「「の、惚気じゃありません!」」

「……これを惚気じゃないって、えっ?」


 廻の反応を見て、二人は顔を見合わせて耳まで真っ赤にしている。


「も、もう! 私ばっかり恥ずかしいじゃないのよ!」

「お、俺のせいじゃないだろう!」

「……夫婦喧嘩は家でやってください!」


 廻の声にニーナやロンドの笑い声が食堂に響き、アークスとクラスタは顔を伏せてしまった。

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