第134話:過去の話・アルバス②
仲間に裏切られた。
そのような出来事がその後に待っていると分かっていれば、アルバスの心情からするとダンジョンで死んでいた方がいいと思ったかもしれない。
だが、そんなことを考える暇も余裕も、その時のアルバスにはなかった。
「治療院で目を覚ましてから数日は仲間も見舞いに来てくれたんだ。だが、その態度が徐々によそよそしくなっていって、最終的には、はいさよならだ」
「でも、アルバスさんの怪我は仲間を助けるために受けた傷なんですよね? その、助けた仲間の方は何も言わなかったんですか?」
以前に出た話の中で聞いた話だ。
仲間を庇って失われた左腕である。その助けた仲間もよそよそしくなったのか。
もしそうであれば、アルバスさんの行動が報われない。
「……結果を見れば明らかだろう?」
「そんな! ……酷い、酷すぎますよ!」
「まあ、それが冒険者だってことだな。自分が生き残るためならなんだってする。その点で言うと、もしかしたら俺は冒険者に向いてなかったのかもな」
哀愁漂う表情でそう口にしたアルバスだったが、その言葉を廻が声を大にして否定した。
「そんなことは絶対にありません! だって、アルバスさんは冒険者ランキング1位にまでなったじゃないですか! それに、ロンド君やカナタ君達にもしっかり指導してくれてますし、多くの冒険者から尊敬もされています! ジギルさんだってアルバスさんを勧誘しに来てたじゃないですか!」
「そ、そこまで怒ることか?」
「怒ることですよ! というか、アルバスさんが怒ってくださいよ!」
廻の憤慨具合に呆れ顔のアルバスだが、内心では嬉しくもあった。
今までもそうだが、住民のためにここまで怒ってくれる経営者はいない。
そして、廻なら経営者ではなくても、一人の人間として怒ってくれるだろう。
「……まあ、そうかもな」
「そうですよ。アルバスさんは最高の冒険者なんですからね! 自信を持ってください!」
「……だが、小娘にそう言われてもピンとこないな」
「何でですか!」
「そういう行動をとってきたからじゃねえか?」
「もう! こっちは真面目に話をしてるのにー!」
そして、アルバスは廻をイジることでリラックスできている。
それこそあり得ない経営者像なのだが、これが廻なのだと納得もしていた。
「……話が逸れちまったな。まあ、そんな感じで腫れ物扱いまでされた後、最終的には喧嘩別れになっちまったって感じだな」
「喧嘩別れですか。……アルバスさん、前にも聞きましたけど、本当に冒険者を引退したことに未練はないんですか?」
ここで改めて確認をする。
廻は昔話を聞いた上で、アルバスの気持ちに変化が生まれていれば、その気持ちを尊重したいと考えていた。
もし冒険者に戻りたいと思ったのなら、その時は──
「お前はアホか」
「……い、いきなりアホとはなんですか、アホとは!」
「何度も同じことを言わせるからだろう。俺は全く後悔はしてないし、未練なんでどこにもない。むしろ、今放り出されたらそれこそ俺は野垂れ死ぬぞ」
「それはないんじゃないですか? アルバスさん、数日くらいなら何も食べなくても生きていけそうですよ?」
「お前、俺のことを何だと思っているんだ?」
右拳を握りながらのアルバスの言葉に廻は頬を引きつらせる。
「そ、そこまで怒らなくても?」
「これは怒るところだろうが!」
「ちょっと、アルバスさんに全力でげんこつをされたら私の頭がへっこんじゃいますよ!」
「人の頭は簡単にへっこまないから安心しろ」
「な、殴る気満々じゃないですか!」
逃げ出そうとしたところの襟を掴まれてしまい足が宙に浮いてしまう。
手足をバタバタさせている廻にジト目を向けていたアルバスだが、一つ溜息をついてからそのまま椅子に戻した。
「アホか。こんなことで本当に殴るわけがないだろうが」
「……ぶー」
「殴ってほしかったのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
「だったら話を戻させろ。それとも、もういいのか?」
話を切り上げようとしたアルバスに、廻は慌てて居住まいを正した。
「ま、まだです!」
「全く、面倒臭い奴だなぁ。あー、なんだったか?」
「喧嘩別れをしたってところです」
「あぁ、そうだったか。まあ、俺はそのまま都市を出て山を二つか三つ越えた先にあった森の中で暮らし始めたんだよ」
「い、いきなりですね」
「まあな。拠点の都市にいてもあいつらと顔を合わせるのが嫌だったし、それは近くに都市に移住しても同じことだ。だったら山を越えた先で暮らすのも悪くはないかってな」
「でも、なんで森の中だったんですか? 普通に都市で暮らすこともできたんじゃ?」
都市を出ることもできたなら、入ることもできただろう。
それをしなかったということは、単純に人を信用することができなかったのかと廻は考えたのだが、理由は違うものだった。
「これでも当時は冒険者ランキング1位にいたからな。これが移住となれば拠点の都市の経営者との兼ね合いが出てくる。俺が単純に都市を出て外で暮らすってことなら、その点も問題はないと思ったんだよ」
「えっ! でも、それだと私と契約した時はどうしたんですか?」
廻はその辺りの事情を全く知らない。
もし、契約することでアルバスに迷惑を掛けていたなら謝りたいと考えた。
「現役バリバリの俺だったら絶対に手放さなかっただろう。だが、俺はすでに隻腕で、森の中で長い間一人で暮らしていたんだから、不必要な人間だと判断されたんだろうな。意外と簡単に許可が下りたよ」
「これだけ強くて、一生懸命働いてくれるアルバスさんを不必要だなんて、その都市の経営者は見る目がなかったんですね!」
「……言っておくが、俺が拠点にしていた都市は当時のダンジョンランキング8位の上位都市だぞ?」
「……まあ、人間誰だってミスはありますよね!」
胸を張ってそう言い切った廻に苦笑しながらも、アルバスは廻と契約してからのことを話し始めた。
「ジーエフへの到着が遅かっただろう? あれは、山を越えて拠点にしていた都市に行っていたんだ」
「だから遅かったんですね。でも、あの時は大人の野暮用って言ってましたけど、あれはなんだったんですか?」
「あれか? あれは単純に小娘をからかおうと思っただけだよ」
「酷いですね! 到着していきなりそれですか!」
「全く効いてなかったけどな」
「これでも中身は正真正銘大人のレディですからね!」
「……そう思えないから怖いよな」
「それはどういうことですか!」
「言葉の通りだが?」
「ぐぬぬっ! これでも頑張ってるのに!」
毎回のやり取りにアルバスは内心で飽きないのかと思っているが、自分も大概相手にしているなと思い直して一人笑みを浮かべてしまう。
「何を笑っているんですか!」
「いや、なんでもない。俺も小娘に毒されたと思っただけだよ」
「なんでもあるじゃないですか! 毒されたってなんですか!」
「あー、はいはい、これでもういいのか?」
「あっ! ま、まだです!」
「まだ何かあるのか? もう話は終わりなんだが?」
ジーエフにやってくるまでの話を口にしたアルバスとしては、これ以上の昔話は用意できない。
いったい何を聞きたいのかと首を傾げていると、廻が口を開いた。
「アルバスさんが拠点にしていた都市の名前ってなんですか?」
「都市の名前? オウカジパングだな」
「オウカジパング? ……桜花、ジパングかな」
同じ日本人が経営者かもしれないと思いつつ、最後の質問。
「もし、もしですよ? アルバスさんは、ジーエフに元パーティが現れたら、どうしますか?」
最後の質問に、アルバスの表情が一瞬だけ憤怒の色に染まった。
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